ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

働くがん患者を支えたい

NPO法人京都ワーキング・サバイバー
理事長 前田 留里さん



 2人の子どもを抱えて働くシングルマザーの私が8年前にがんになり、手術後は治療と仕事の両立で悪戦苦闘しました。

 再発のない今、一つの思いにたどりつきました。「がんになっても、やろうと思えば新しくできることがたくさんある。仕事も治療も諦めない。今の時間を大切に後悔のないように生きよう」。これは、働く世代の患者さんに送るエールでもあります。


女性患者・家族対象のランチ会を開くため、スタッフと打ち合わせをする前田さん(6月19日、京都市下京区)
 自らの体験を生かし、同じ境遇の人同士が支え合う「ピアサポート」に取り組みたいと考え、仲間3人でつくったのが「京都ワーキング・サバイバー」です。

 毎月第2水曜日に京都市内で開く「働く世代のがん患者サロン」は、患者さん同士の交流と困りごとのアドバイスを行っています。7人のスタッフには社会保険労務士や看護師もいて幅広い問題に対応できます。

 私が乳がんと診断されたのは2011年の秋でした。医療法人の業務推進室で働き、高校1年と中学2年の子どもがいる身で、仕事はもちろん家事も子育ても休むわけにはいきません。年末年始休暇を使って手術を終え、復職すると通院治療に移りました。

 抗がん剤から放射線、最後は再発リスクを下げるホルモン療法を受けました。抗がん剤は目まいや吐き気で起き上がれないほどのつらさが3日も続きます。ホルモン剤は眠気や、貧血を伴うので集中力が途切れある時、仕事にミスが出てしまいした。

 上司は病気に理解ある人でしたが、職場に迷惑はかけられず5年続ける予定のホルモン療法は中止を決断したのです。時短休日がない職場で通院時間を捻出するため、公休と有給休暇をやりくりして午前中は仕事、午後を半休にさせてもらい土曜はまる1日出勤しました。この間の1年余りが最もハードな時期でした。

 転機は14年、国立がん研究センターが募集した患者・市民パネル(100人)の1人に選ばれたこと。全国の同世代のがん経験者と知り合うことができて一気に両立問題への視界が開け、それが「京都ワーキング・サバイバー」設立につながったのです。

 闘病中から自分を励ます手段にフルマラソンを走ってきました。初挑戦は11年の福知山マラソン。がん診断2日後の開催でした。5時間かけ完走して自信がつき、苦しい治療にも耐えることができました。その後、大阪マラソンをはじめ毎年1回以上は走っています。

 ピアサポートにかかわる者として、自らスキルを上げる必要を感じ、産業カウンセラー資格なども取得しました。今は公認心理師を目ざして大学で学び、卒論の制作中です。

 今後、手がけたいのは身近にいる他分野のボランティアとの連帯し活動です。支え合いの軸を太くすれば京都の活性化、さらにはがん患者の暮らしやすい社会にもつながるはずです。


まえだ・るり
1972年、京都市生まれ。医療法人職員。
京都府がん患者団体等連絡協議会副会長。
39歳で乳がんを手術後、仕事と治療を両立させながら2015年、「京都ワーキング・サバイバー」=事務局090(5656)1747=を設立。働く世代の患者支援を続けている。国家資格キャリアコンサルタント。18年度、京都府も参画する「京の公共人材大賞」を受賞。