ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
発達障害を個性に変えて

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ADHDの診断受ける
暗い毎日…原因分かり光

笹森 理絵


 結局、私は育児にも仕事にも妻にも嫁にもつまずいてしまい、あまりにも思い詰めて自暴自棄な毎日を送り、自他共に傷だらけになって暗黒の時間を過ごし、生まれて初めて精神科のお世話になりました。

 しかし、治療はなかなか思うように行かず、さまざまな薬を飲んでも、副作用が強すぎて、朝は全く起きられないし、一日中意識もうろう状態で涙をぼろぼろこぼし、もだえ苦しみ、話すこともろくにできなくなり、旦那(だんな)とのやり取りも、黙ったまま、ぐいっと言葉を書き込んだメールの画面を顔の前に差し出して、読んでもらうのが関の山でした。もちろん、子どもの世話どころではありません。それに、子どもも怖がって、私に近づいてこない始末です。

 「こんな自分なんて・・・やっぱり迷惑なだけだ。生きている必要なんかなかった・・・その価値もない」
クマ先生こと安原昭博医師(左)と笹森さん。安原医師は笹森さん親子の診察や、発達障害の子を持つ親の会の紹介などを行ってきた(2007年)

 子どもの頃から、ずっと消せないまま持ち続けてきたこの思いは、何かあるたびに意識の上に浮いたり沈んだりしてきていましたが、いよいよ、その時がきたのだと感じていました。

 そんなある日・・・精神科の帰り道、いつも立ち寄る本屋で、一冊の本を手にします。そう、もうお分かりかと思いますが・・・「片付けられない女たち」(WAVE出版)でした。以前から、その本の存在は知ってはいたのです。しかし、どうせ片付けられないことを上から目線で揶揄(やゆ)して諭すような内容なんだろうと思って、バカにされるのが怖くて、あえて、読まずにきていたのでした。

 が。その日はあまり深く考えずに手に取って、そして、ページをめくり・・・目次を見て、がくぜんとしました。片付けられないことと、脳の間に関係があるなんて、私はまったく考えていなかったので、ADHDという文字にしばらくくぎ付けになりました。

 注意欠陥多動性障害・・・。

 できなかったことに理由があった・・・それも、私の努力に関わらない部分に理由があるかもしれない・・・そう思うと、もう、いてもたってもいられなくなり、精神科のドクターに本を見せて思い切って切り出してみました。

 「先生、私、もしかして・・・これかもしれません」

 先生も私の言動をずっと聞いて来て、思い当たる節があったのかもしれません。すぐに専門医を紹介してくださいました。ただ、大学病院の小児科の先生なので、行ってみないと本当に診察してもらえるかはわからい・・・という、今にして思えば不安な状況でしたが、もう私は走っていました。

 そして、出会ったクマ先生は快く私を診察室に招き入れてくださって、話を聞き、幼いころからの資料や問診やさまざまなことから総合して、話してくださいました。

 「ADHDやね」こんなにひどいのに、よく今までわからなかったね。できなかったのは、あなたのせいじゃないから、これからは長所を伸ばしていけばいいよ」

 これこそが、私が心から望んでいた言葉でした。

 「あなたのせいじゃない・・・」

 ずっと目の前を漂っていた霧が、一気に晴れる思いがしました。


ささもり・りえ  1970年、神戸市生まれ。2003年、発達障害の診断を受ける。05年、「NHK障害福祉賞」第1部門優秀賞受賞。NPO法人特別支援教育ネットワーク「がじゅまる」理事。旧姓の逸見から「へんちゃん」と呼ばれる。著書に「へんちゃんのポジティブライフ」(明石書店)。神戸市在住。