ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
きょうだいとして 支援者として…4

支援者になってみて気づいたこと
意志を伝え合う手法、重視を(2016/02/22)

田中 一史



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診察場面で自閉症児とPECSを使ってコミュニケーションをとる田中さん

 私の弟は、学校に入る前まではもっと笑顔も多く、言葉も出ていました。年齢が上がるにつれ、人前では固まることが多く、言葉もスムーズに出なくなり、楽しみといえばドライブと音楽、缶コーヒーぐらいになってしまいました。

 自閉症スペクトラムの診断や支援に携わるようになり、自閉症の人の特性、たとえば話し言葉のような耳から入る情報は理解しにくいが目から入る情報はよく覚えているとか、初めてのことや変化に弱いが、決まったことはきっちりするといったことが、知識だけではなく感覚的に理解できるようになりました。そして、パニックやかんしゃく、こだわりといった「問題」とされている行動は、障害のある人本人が、周りで起きていることの意味や見通しがわからないことや、自分の要求や気持ちをうまく伝えられないことなどで「困って」起きているということも納得できました。

 たしかに弟は、靴をそろえたり父の晩酌のビールを出したりといった決まったことは僕よりきっちりやっていました。初めての場所では嫌がって動かなくなることが多く、子どもの時の私は何とか弟を安心させようと必死で笑わせようとしていたように思います。だんだん弟は嫌なことがあると「缶コーヒーください」しか言わなくなりましたが、私は弟の本当の気持ちを聞きたいとずっと感じていました。

 支援者になるまでは、そんな弟に対してどうすることもできませんでしたが、この仕事についてからは具体的な支援方法を身につけることができました。「視覚的支援」「構造化支援」という本人にとって必要な情報をわかりやすく伝え、過ごしやすい環境をつくる手法や、音声言語がうまく使えない自閉症や知的障害の人に絵カードや写真カードを言葉のかわりに使って自分の要求や意思を伝えられるようにするPECS(絵カード交換式コミュニケーションシステム)という手法などです。

 「視覚的支援」や「PECS」を知ったときの感動と、弟も小さい時からこういった支援を受けていればという悔しさは今でも忘れられません。

 私が児童福祉センターに来てもうすぐ10年になります。診察に来られる子どもやその保護者、ときには先生をはじめとした支援者と、本人の生きづらさに目を向け、特性に合った支援を一緒に考えることを続けてきました。そして、視覚的支援やPECSのような理にかなった支援手法を取り入れるように働きかけてきました。ただ残念なことに、支援学校でさえこれらの手法を取り入れることに積極的であるとは思えません。

 ずっと弟の気持ちを知りたかった私には、一部の学校や支援者が「周りに迷惑をかけないように」ということばかりを気にして、障害のある人の気持ちをわかろうとしたり、意思を伝え合う手法を取り入れたりすることを重視していないように見えることが残念でなりません。


たなか・かずし
1974年、大阪府生まれ。
2000年、京都府立医科大卒。京都府立医科大付属病院小児科などで勤務後、06年から京都市児童福祉センターなどで児童精神科医師。
08年よりきょうだい児支援の会「なかよし会」代表。