ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
見えない世界を生きる

中途失明者である松永さんは京都市在住。大きな葛藤を経て「見えないこと」を受け入れるとともに、「見えない世界」を生きる自らの体験を書きつづった『「見えない世界」で生きること』を出版するなど、「見えない世界の伝道師」を自負する人です。

松永さんには、まだまだ社会的な理解が不足し、就業面などで厳しい状況にある視覚障害者の当事者として、リアルな体験を連載してもらいます。


いつ誰がなるか分からない
寄り添う思い


写真
積極的に外出する松永さんだが、電車に乗るときは緊張する。正確に乗車位置を知ることが難しく、近くの人のサポートがあると大変助かる。白杖で車体を探りながら慎重に乗り込む(阪急烏丸駅)
 午前中、枚方市にある高校での福祉授業を終えて、午後に京都市内で予定されているガイドヘルパー養成研修の会場へ向かった。予定通りに動ければ、十分間に合うタイムスケジュールだ。

 利用した京阪電鉄の駅は、慣れていない駅なので、駅員さんにサポートをお願いした。駅員さんは、快く引き受けてくださり、そのサポート技術も完ぺきに近いものだった。こういう駅員さんがどんどん増えてきているような気がするのだが、これも、僕たちにとってはうれしい社会の進歩だ。駅員さんは、電車のわずかな停車時間に、僕を電車の中まで案内して、入り口に一番近い場所に座らせてくださった。そして、「お気をつけて!」という言葉を残して降りていかれた。

 昼時の各駅停車はとても静かで、近くに人の気配もなかったし、話し声も聞こえてこなかった。僕は、意を決して、リュックからこっそりとおにぎりを取り出した。今朝、近くのコンビニで買っておいたのだ。

 少年時代、田舎の国鉄の車内でのお弁当は、当たり前みたいなものだったが、込み合う都会の電車では飲食はしないのがエチケットなのだということもわきまえているつもりだ。ただ、このタイミングなら大丈夫だろうと、それでも少し遠慮がちにおにぎりを取り出して、指先で三つの頂点を触って、セロハンの引っ張る場所を見つけ出して、そして海苔(のり)巻きおにぎりを完成させて、もちろんまたまた遠慮がちにほおばった。

 食べ終わって、ボトルのお茶を一口飲んだその時、「上手やなぁ」。突然、僕の席の数メートル先から声がした。僕が驚いてそちらを向くと、「わし、見えてるけど、それ苦手やねん」と年配の男性の声、僕はとっさには何のことかは分からなかったのだが、再度の彼の説明で、海苔巻きおにぎり作りのことだと理解した。そして、照れ笑いしながら、すみませんと謝った。彼は、車内飲食を責める気はないらしく、それよりも、見えない人間が、自分の目前で、自分が苦手にしている作業をやった方に興味を持たれたらしかった。彼は、僕の席の近くに移動して、自分の昔の同僚が、糖尿病でだいぶ見えなくなってきていて、どう声をかけていいのか難しいと続けられた。

 現代の日本での失明原因は、糖尿病性網膜症と緑内障で5割近くになる。その次に、加齢黄斑変性、そして、僕の病気、網膜色素変性症などがある。交通事故や、脳の手術の後遺症でという方もおられる。つまり、ほとんどの方が、中高年になってから失明されるのだ。自分の身近に、そういう人がいなかったら、別世界のことのように考えてしまうけれど実は、いつ誰がなるか分からない。視覚障害者数は、約31万人、全盲までなるのは、その1割程度、4千人に1人の確立だ。誰もなりたくないのだから、なってしまった時にそれを受け入れてくれる社会であってほしい。

 彼の同僚への気遣いを感じながら、この優しさが、社会を構築していくのだろうと思った。

まつなが・のぶや氏
鹿児島県阿久根市出身。佛教大学社会福祉学科卒業。52歳。京都府視覚障害者協会理事。福祉専門学校で講師を務めるかたわら、各地での講演活動などを精力的に行う。著書に「風になってください」(法蔵館)ほか。