ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
シンポ傍聴席  「殯の森」「玄牝」と命

介護で知った寄り添う心
生まれてきてくれて「ありがとう」



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「殯の森」の1シーン。認知症の男性と女性介護士は茶畑の中で心を通わせる
©KUMIE/Celluloid Dreams Production/Visual Arts College Osaka

 映画監督・河瀬直美さんの作品「殯の森」「玄牝」を通してともに考える「いのちとこころの健康づくりフォーラム」が16日、奈良県橿原市の橿原文化会館で開かれ、河瀬さんは自身の介護体験に触れながら、人と人の絆などについて語った。

 フォーラムは「殯の森」のメーキング映像鑑賞、河瀬さんの講演、対談と質疑応答などの順で行われた。河瀬さんは、撮影の動機として▽枯死して切り倒されるはずだった奈良市・春日山の巨大杉が折からの雨で生きながらえたとの記事▽妊娠と出産▽認知症になった親代わりの女性の介護体験―を挙げ、社会問題というより個人的体験が原点とした。

 介護については「一生懸命やるほどつらくなる。『こんなに大事に育ててくれたおばあちゃんを嫌だと思っている』とは周囲に言えなかったし、言えた人には数時間ただ聞いてもらった。最後に『よくがんばってきたね』とだけ言ってもらったことでふっきれた」と体験を語った。その中で、相手の人の気持ちに寄り添う大切さに気づかされたという。

 また「認知症は認知ができない病気なのに感情を傷つけられるから問題行動が出てくる。地域がつながり合って一緒に考え、集える場を街中に作っていかなければいけない」と考え、それで映画の舞台を奈良市の田原地区という山間部のグループホームに設定したと説明した。

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講演でさまざまな角度から命の大切さを語る河瀬直美さん
 さらに、介護福祉士役の女優・尾野真千子さんが緊張していたので、巨大杉の根元に生えていた未生の苗を一緒に見つめながら「千年続いた木は死んでも、命はまた千年たてばこうなるんだから、その命と向き合おう」と言うと「(尾野さんが)その瞬間、杉や人間、回りの小動物などさまざまな命と向き合ってくれたのが表情で分かった」というエピソードを披露した。

 河瀬さんは、出産を描いた最新作の「玄牝」についても紹介。帝王切開が珍しくなくなり本気で代理出産を望む人もいる世の中の流れの中で、お産を終えた女性が「ありがとう」「あったかい」「待ってたよ」という言葉を発したシーンを挙げ、「これらは特別な人でなく『私』が発することができる言葉。生まれたての命がたとえ言葉を理解しなくても感じとることができたら、この世界を肯定する意味がある」と話した。

 対談相手の元奈良女子大教授(臨床心理学)・川上範夫さんは「祈る、あがめる、まつるということの大切さをどう伝えていけばいいか」と問題提起。また介護に関連して、認知症の人が華やかだった時代のことを耳元で話すと、夜間の徘徊(はいかい)がなくなるという回想法を紹介した。

殯(もがり)の森
グループホームで暮らす認知症の男性とわが子を亡くした介護福祉士の女性が、男性の妻の墓を探して森の中をさまよう物語。2007年カンヌ映画祭審査員特別賞「グランプリ」受賞


玄牝(げんぴん)
愛知県の森の中でで自然分娩を行う吉村医院を舞台に、女性たちの生活と出産を描いたドキュメンタリー作品。京都シネマなどで公開中。