ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
シンポ傍聴席  自然死のすすめ

「還り」の人生 老化に合わす
生死のさま、家族へ最後の範となれ


 高齢社会をよくする女性の会・京都の7月例会が、7月28日、京都市中京区の京都アスニーで開かれ、伏見区の総合老人福祉施設・社会福祉法人「同和園」付属診療所所長で医師の中村仁一さんが「大往生したけりゃ医療とかかわるな〜自然死のすすめ」と題して講演した。

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「医療に依存し過ぎず、老いには寄り添い、病には連れ添うのが楽な生き方です」と講演する中村さん
 中村さんはまず、人生を「往(い)き」と「還(かえ)り」の二つに分け、「定年や還暦あたりを折り返し点に、繁殖期を過ぎた『還り』の時期には見かけは若々しくても衰えは隠せない」とし、「『老い』や『年のせい』ということを考えるのを嫌がらずに、衰え行く体に気持ちを合わすほうが楽に生きられます」と提案した。

 さらに産卵後すぐに死ぬサケや、稚魚の孵(ふ)化を見届けて息絶える魚を例に「繁殖を終えると生きものとしては賞味期限切れです。ところが死ぬことを考えていない日本人が増えました」と指摘。老化や死を受け入れる心構えの大切さを語った。

 また「病気やけがは医者や薬が治してくれると思っている人が圧倒的に多いが、皆さんの体が反応する力を利用しているだけです」と話し、「治らない病気は上手につきあうしかない。死に時が来たら妙に抵抗しないのが『還り』に入った高齢者の生き方ではないですか」と医療に対する過大な期待を戒めた。

 中村さんは死のメカニズムについても説明。「弱ってくると段々食べなくなります。それは死に時が来たからです。飢餓状態ではベータエンドルフィンという一種の脳内モルヒネの作用で気持ちがよくなり、脱水状態では意識レベルが下がり、ぼんやりした心地よいまどろみの中でこの世からあの世へと移行するというのが自然に死ぬという実態です。飢餓も脱水も酸欠も、穏やかに死ぬための自然の仕組みです」とした。

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中村さんが講演した「高齢社会をよくする女性の会・京都」の7月例会。聴衆が会場を埋め尽くした(7月28日、中京区の京都アスニー)
 ところが、そういう状態の人間に「食べないと死ぬんじゃないか」と無理やり口に放り込んだりする医療や介護のあり方を「自然の仕組みに逆らっていることであり、延命のために手を尽くすと言うことはできるだけ苦しめることでもあるのです」と批判。その上で医療の守るべき役割として▽死にゆく自然な経過を邪魔してはいけない▽死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはいけない─の2点を強調した。

 中村さんはさらに、死を視野に入れた生き方を提唱。自分では棺おけを自宅に準備し、大みそかと元旦に入っているといい、「執着心が少なくなるので物の処分や整理につながります。私の場合は、一年の計は棺おけにあり」と聴衆を笑わせた。

 さらに本人がどういう死に方をしたいか、食事時などに折りに触れて示唆する必要があるとし、そうでないと万一の時、あわてた家族が「『できることは何でもやってください』と、良かれと思って延命をやってしまうのです」と警鐘を鳴らした。

 「繁殖を終えても人間としての役割は残っています。病気と折り合いをつけて生きる姿を見せ、そして自然に死んでみせる。親の死んでいく姿は遺産。皆さんも最後の役割をきちんと果たして下さい」と結んだ。