ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
シンポ傍聴席  社会福祉の果たす役割

就労を促し孤立防ごう
問題抱えた人、包み込む社会に


 京都市内の福祉関係者が集う、京都市社会福祉大会が8日、中京区のホテルで開かれ、恩賜財団済生会理事長で元環境省事務次官の炭谷茂さんが、これからの社会福祉の課題などについて講演した。炭谷さんは、福祉政策の中心に就労を位置づけ、問題を抱えた人を包み込んでいける社会の大切さを訴えた。

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福祉の関係者が顔をそろえた京都市社会福祉大会で講演する炭谷さん(8日、中京区のホテル)
 炭谷さんはまず、10年ほど前から社会の底に穴が空いて、問題を抱えた人が落ちていっていると現状を分析。障害者の低就労率や低賃金、刑務所からの出所者の再犯率の高さといった古くからの問題に加え、若年失業者の増加による若いホームレスや、ネットカフェやファストフード店で過ごす「自覚しないホームレス」の出現を新しい問題として提示。同一人物が健康、収入、社会的つながり、住宅など多くの面で困難を抱えていると指摘した。

 それに対し▽国や自治体は財政難で専門職員が不足▽住民団体やNPO、ボランティア団体も資金がなく人がいない▽社会福祉法人は制度や法律の中でしか活動しなくなってきた▽保育や介護に進出している民間の営利法人はもうからないと見るとさっとやめてしまう─と、対応にあたる各組織の限界を述べた。

 また「高齢者が消費者金融に手を出して返済できない」「足が不自由で階段を登れないが引っ越すお金がない」といったケースを、制度が現実に追いつけない例として挙げた。

 解決方法として炭谷さんは、社会から排除されたり孤立しがちな人をしっかりと迎え入れる「ソーシャルインクルージョン」(社会的包容力)の理念を強調。貧困や社会的孤立といった問題は、福祉だけでは解決できないので経済政策、社会政策と合わせて考える必要性を訴えた。

 具体的には、就労を福祉政策の中心に据える大切さを挙げ、成果を上げている例として、自ら訪ねた山梨県の施設を挙げ「知的障害者が生き生きと花や小麦の栽培を通して、仲間や指導員、近所の人とのつながりが実現できている。これがソーシャルインクルージョンの実例です」と語った。

 炭谷さんは5年前から、さまざまな事情で仕事を得られない人を雇用するソーシャルファームを日本で2000社作る運動に携わっている。この中の成功例として▽東京都江東区の廃プラスチックリサイクルに知的障害者が取り組み月12万円の報酬を得ている▽刑務所からの出所者や不登校、引きこもりだった人らが働く北海道の共働学舎のチーズが有名ブランドとして確立している─ことなどを紹介した。このほかにも、駆除されたエゾシカの皮を、障害者が大阪市でハンドバッグなどに加工する計画があるという。

 障害者やニート、引きこもり、出所者ら問題を抱えている人は、重複計算を除いても全国で最低でも2000万人に上ると炭谷さんは試算。

 「これらの人にソーシャルファームは仕事場を用意します。それによって社会的な排除や孤立を防ぎ、生きがいを取り戻してもらうことができます。ひいてはそれが、これからの福祉国家をみんなで支えていく仕組みになるのです」と結んだ。


ソーシャルファーム
社会的な目的をビジネス的手法で実現する社会的企業の一つ。労働市場で不利な人のために仕事を生み出し、また支援つき雇用の機会を提供することに焦点を置く。1970年ごろ、北イタリア・トリエステで、精神病院の退所者を対象に生まれたのが起源。障害者を対象に発展してきたが、近年は範囲を拡大し、難病患者、高齢者、ホームレス、刑務所からの出所者も対象にしている。