ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
統合失調症を生きて

まだ社会的認知が十分進んでいない統合失調症の当事者である森実恵さんが
自分の生活振りなどを紹介しながら社会的偏見の是正を訴えます。

精神障害者が糸賀賞受賞


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3冊の本には、絶望から光を見いだすまでの森さんの人生そのものが詰まっている
 2007年の11月27日、私は糸賀一雄記念賞を受賞した。美しい湖に臨む琵琶湖ホールにてマレーシアのシア・シウ・チアンさんとともに、この栄えある賞をいただくことができたのは、奇跡に近い出来事のように思われた。

 実際、受賞の知らせを聞いたときには夢ではないかと思い、自分のほおを二度つねったことを覚えている。

 知的障害者のための施設近江学園を設立された糸賀先生を記念してもうけられたこの賞を過去に精神障害者が受賞したことは一度もない。過去の受賞者を拝覧してみると、身体障害者の方が多く、それも大学教授や大きな施設の理事長など華やかなキャリアの方ばかりであることがわかる。

 私には何の社会的地位も肩書もない。障害年金をいただき、アルバイトをかけもちでわずかな給金をいただき、その合間をぬって、ほそぼそと続けてきた文筆活動や講演活動が認められるとは、夢にも思っていなかった。

 滋賀県知事の嘉田由紀子さんが楽屋に来られ、やさしく話しかけてくださった。これから始まる授賞式で嘉田さんに直々名前を呼ばれ、基調講演を行うのだ。心臓が早鐘のように打っている。新聞記者たちのフラッシュで目がくらみそうだ。近江学園の子供たちが大きな花束を手渡してくれ、ようやく平常心を取り戻した。

 波をうったような静けさの中で講演を始める。話し始めると次第に緊張の糸がほぐれ、終わるころには私自身の顔にもようやく笑みがもどっていた。

 授賞式のあと階上のホールで盛大な祝宴が催された。大熊由紀子先生や厚労省の方々、シア・シウ・チアンさんと同じテーブルで英語で談笑する。そのあと、ホテルに戻っても興奮してその夜はなかなか眠りにつくことができなかった。夢のような一日だった。これが本当なら、長い間、闇に閉じ込められていた統合失調症の人たちの夜明けがようやく手の届くところに近づいたといってよいのだろうか。いや、現実はそんなに甘くはないだろう。たかだか、一人の統合失調症患者が糸賀賞を受賞したぐらいで世間一般の人々の偏見や差別意識が消えてなくなるわけはない。これからもまだまだ長い道のりを一人で歩いていくのだ。

 ただ、次の日の朝、起きてみると琵琶湖のさざ波が少しほほ笑んでいるように感じられた。湖畔の紅葉も喜びに頬を染めているように思われた。自然が私を助けてくれている、ふとそんな気がした。

 いつか、本当の意味での統合失調症の人たちの夜明けが来るのかもしれない。遊覧船ミシガンが出航する。私もこの受賞をきっかけに新たな船旅に出るのだ。百人に一人という発病率の高い病気なのだから、この船には百万人近いひとが乗っている。そのことの責務を忘れずに、今の活動を地道に続けていこうとミシガンに手をふりながら、あらためて思った。

森 実恵(もり みえ)氏
大阪府在住。2006年にリリー賞(精神障害者自立支援活動賞)、07年に糸賀一雄記念賞、09年に部落解放文学賞を受賞。著書に「心を乗っとられて」(潮文社)「心の病をくぐりぬけて」(岩波ブックレット)「なんとかなるよ統合失調症」(解放出版社)。