ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
やすらぎトーク
難聴の人が勇気持てれば世界への夢こだわりたい

 レーシングライダー 高杉奈緒子(たかすぎ なおこ)さん(2008/07/15)


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夢を共有する久保さんと整備に取り組む
(東大阪市内のガレージで)

 私は耳が聞こえませんが、サーキットで行われる二輪ロードレースのライダーです。いま国内では最高峰の全日本ロードレース選手権に参戦しています。クラスはGP250です。なぜこのクラス? といえば、世界選手権に出場できる可能性があるから。どうしても「世界」にいきたいんですよ。

《8年前にレースを始め、市販車ベースのST600クラスで西日本のシリーズチャンピオンになり、国際ライセンスも取った。今年はレース用に設計された車体を使うGP250クラスに参戦している》

気持ちはいつも前へ

 年齢制限があるクラスもあって、世界戦に出られる可能性があるのは、このクラスだけなんですよ。最初からの夢だった「世界」にこだわっています。

 競争をするのが好きなんだと思います。抜いたり抜かれたりするのがいいんですよ。気持ちはいつも「前へ、前へ」です。抜いて前へ出て行きたい。速くなりたい。勝ちたい。そんな自分の気持ちの先に世界戦に参加する目標があるんです。

《日常の生活では補聴器をつけている。エンジンの回転数を聞き分けるなど耳は非常に重要だが、レース中は補聴器は外す》

 レース中、自分の車の音は聞こえる感じがするんですよ。でもそれは車体の振動かもしれない。回転数は目で確認しています。不利ですが、補聴器が無い方が集中できるんです。

 最高速度は時速240キロを超えますが、怖いと思わない。スリル、スピードが気持ちいいんです。他の人は耳が聞こえなければ怖くて乗れないといいますけれどね。「よく乗れるね」とみんなに言われます。

 後ろから他のライダーが来ると、気配がするんですよ。不思議なのは気配を感じさせずに追い抜いていく人がいること。そのへんはよくは分からないです。抜かれたら抜き返すだけです。

《幼いころから難聴のために自分に自信が持てなかったという。生きている意味も分からなかった。家庭も安住の地ではなく、何度か死に場所を求めてさまよった。そんな中でバイクと出合う。高校卒業直後に事故を起こし、一時意識不明の重傷を負うが、それでもサーキットでのレース挑戦を選んだ》

レースで自分を表現

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「スポンサーを探すのが大きな課題です」
(撮影・遠藤基成)

 ここが私の場所だからかな。サーキットにやってくると、自分が自分らしくなると感じるんですよ。心から笑えるし、楽しいと思えるし。レースが自分を表現してくれるんです。

 いろんな人たちに出会い、世話になり、感謝することができる人間になりました。人を本当に信じることや、自分に自信を持って生きることを教えられました。

 家族は私があんまりにも楽しそうにしているので、レース出場を仕方なく認めているんだと思います。

《レースに男女の区別はない。同じクラスは高杉さん以外は男性ばかりだ。そこに体重40キロというきゃしゃな体で挑戦する》

 みんな「ナオちゃんだけには負けたくない」といいますね。私は意識していないけど、みんなは私が女性なのをすごく意識しているみたい。男女では体力面で大きな差があるけど、それを言ったら言い訳になる。ジムにはよく行きますよ。体を鍛えています。弱気だとレースはできません。

《高杉さんには苦楽をともにしてきたパートナーがいる。レースでメカニックを担当する久保大治さんだ。二人とも給料のほとんどをレースにつぎ込む生活が続いている。資金面など苦労は絶えないが、高杉さんは最近自分が変わってきたと感じている》

 今年はレースの成績はよくなくて、世界戦への挑戦はできませんでした。足らない点を鍛えて来年に賭けます。

 以前は耳のこともあってみんなの意見やアドバイスを積極的に聞きに行かなかったんですよ。でも今年は気持ちを変えました。このまま終わりたくない。それであちこち「教えてください」と聞いて回ってます。

 乗り方のフィーリングや車の微妙な動き方が分かってきた感じがするんです。もっと早く聞けばよかったと思います。

 これからはもっと自分をアピールしたい。私が働いている職場でも最近はみんなが関心を持ってくれています。私と同じような悩みを持った人に勇気を持ってほしい。だから、「前へ」の積極的な気持ちを前面にだして、あきらめずに夢を追いかけていきたいんです。



たかすぎ なおこ
1977年、大阪府生まれ。松下電工に勤務しながら2000年にミニバイクで初レース。2001年には「NHK青春メッセージ」に出場し、世界グランプリレーサーへの夢を「風を追いかけて」と題して述べ、大賞を獲得した。

(次回8月3日は、柏原病院の小児科を守る会会長丹生裕子さん)▲TOP