●やすらぎトーク
廃校で不登校に取り組む
唐子 恵子さん(2008/11/11)
滋賀県・余呉町上丹生の旧丹生小学校を寄宿舎に、不登校などの子と一緒に生活しています。ここでは「場所の力」を強く感じるんです。
ここでは四季の移ろいに敏感になります。山々の色合いの変化を当たり前に受け止める静かな生活は、子どもたちが自分のことを考え直すいい機会です。
穏やかな時間の流れが、胸の中にくすぶるものを解消してくれるようです。私は長浜市で不登校の子の「適応指導教室」に長くかかわりました。このあたりによくキャンプに来たんです。自然の中で子どもは大きく変わります。
山並みに囲まれ、清流が流れ、人々がゆっくりと生きるここの環境の力をあらためて実感しています。
《寄宿舎になっているのは昭和20年代に建てられた木造校舎だ。ふるさとの学校にふさわしいたたずまいで、テレビドラマ「二十四の瞳」のロケにも使われたという》
地元の人たちが山から木を切り出し、地元の大工さんが建てたそうです。大事にされた学校だからでしょう、温かい雰囲気があります。子どもたちが、この学校にこもる人々の思いに背中を押されたり、支えられていると強く感じます。
課題を抱える子どもたちのための場所を探しているおり、人との出会いに恵まれて閉じられていたこの学校を無償で借りることができました。廃校にいま一度子どもの声を響かせたいという思いが通じたのだと思います。
《学校を借り受けるためにNPO法人(特定非営利活動法人)を立ち上げ、2006年に「子ども自立の郷 ウォームアップスクール ここから」がスタートする。一方で地元には「何をしようとしているのか」という不信感も根強く、唐子さんはスタート前から地域に住んで交流に努めた》
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川の掃除や除草など地域の共同作業や防災訓練にも、子どもと一緒に参加しています。やさしい子ばかりやと分かってもらえるようになりました。最近では畑を貸してもらって、近くのおばあさんの手ほどきで野菜作りもしています。
高齢の方が多いので、負担が大きい米の出荷作業の手伝いなどにも声がかかります。だいぶ地域にとけこめてきたかなあと考えています。人との接触が苦手な子にもいい影響が出ています。
《「ここから」には、ここが出発点というほか、心と体のバランスを大事にする、「個々から」と一人一人を尊重する意味が込められている。寄宿生活の基本ルールは、毎朝8時に食事に集まるということだけだ》
朝はパンを焼きます。香ばしいにおいで一日のスタートを切る。食事は慣れない間は手伝いますが、自分たちでレシピを考えて作るのが原則です。畑でとれた野菜や、「ようけとれたから」「サルにあまり食われんかったから」と近所から寄せられる農作物や、出荷を手伝ったお礼にいただいた地元産のお米などを食材に工夫を凝らします。食材の買い出しもみんなで行きます。
このあたりは夜は本当に暗い。「一日が終わる」実感があります。生活のリズムがつくりやすい環境だと思います。夜に不安感が増す子もいるのですが、私たち指導員が泊まり込んでいるので、すぐ対応できるのもいい点ですね。
《寄宿する子どもたちは1週間に2日間は家庭に帰る。幼稚園の教諭をしていた若いころに不登校の子どもの存在を知り、カウンセラーの勉強を始めた唐子さんだが、今の自分はカウンセラーというよりコーディネーターだという》
ここに来る子は本当にサポートが必要なときに、両親や周囲から手が差し伸べられないなど、タイミングや巡り合わせの悪い場合が多いんです。ですからもとに戻るときもタイミングが大切です。
1週間に1度帰宅するので家族も子の変化にすぐ気付きます。家族の理解を得ながら学校と連携して、タイミングよく学校に戻れるよう家族と学校の調整をしてサポートするようにしています。
ここはいつまでも居る場所ではないのです。これまでに17人と生活を共にしていますが、多くは2、3カ月で戻っていきます。
学校で教師をしておられた方やわたしの教え子などに指導員をしてもらったり、寄宿舎の整備にも多くの人から協力をいただいております。温かい人たちが集うこの場所の力を生かして活動の幅を広げていきたいのです。
からこ けいこ
1956年大阪府で生まれ、小学5年生の時に長浜市に移る。幼稚園教諭をしながらカウンセラー資格を取り、長浜市教委青少年センターの指導主事を12年間務めた。
特定非営利活動法人「子ども自立の郷 ウォームアップスクール ここから」理事長。
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