ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
やすらぎトーク

ホスピスに いのちあふれて
患者になり気持ち実感

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人間同士、同じ目線で話しあう(ヴォーリズ記念病院・希望館で)

ホスピス医
細井 順さん(2009/01/20)


 ホスピスは不思議なところです。ここで私は多くの人の死に立ち会っているわけですが、私は亡くなった人々は生きていると感じているのです。それで「生命」と「いのち」は違うのではないかと考えるようになりました。

 「生命」は生命力というようにその人一人を生かす力だと思います。一代かぎりで終わる「生命」とは違い、私が考える「いのち」はもっと大きなもの、それぞれの人が持っていてしかもそれぞれがつながっているもの、です。

 私は自分の父親について、その生き方や価値観など多くの思い出をもっています。それは父の「いのち」を私が引き継ぎ、父は生き続けているのだ、と思っています。「いのち」は孤立しないでつながっているのです。

 ここでは、患者さんから人生について教えられることは多いのです。人生の先輩として手本を残してくださいます。そうして患者さんたちは私たちの中で生き続けています。

 ホスピスは私から見れば、「いのち」が次々と生まれ、行き交い、満ちあふれている場所です。多くの方々にホスピスに対するイメージを変えていただかなくてはならないと考えています。

《元は外科医で、患者の死に敗北を感じていた。医者として全力を尽くしても死を免れない人がいる。その人にどう寄り添えるのかと悩み、死について勉強したという。1995年、胃がんだった父親をホスピスでみとったことで最終的にホスピス医転進を決意する》

 ここに来られる患者さんは最初、「だめだ、何もできない」と、病気のためなのにまるで自分が悪いように考えておられる場合が多いのです。医者として自分の知識や技術、経験などを振り回しても、うっとうしがられるだけですよ。

 個人の生命が尽きるという点では医者も患者さんもみんな同じです。死を前にすればみんな「負け組」でしょう。そういう状況にいるお互いさま同士なんだから、助け合おうという気持ちが大事です。

 私に都合のいいペースではなく、自分を殺して受け身の姿勢に徹するんです。患者さんの傍らにじっと居続けるんですよ。そうしていると患者さん自ら気持ちをフッと漏らしてくれる。何がしてほしいかを言ってくれる。そうしたらそのしてもらいたいことを何とか実現するために全力を尽くすのです。

 「だめだ」一点張りの患者さんも生き返ります。再び生きることで、先ほど言いました「いのち」が生まれてくるのです。自分が少し死ねば相手は生きるんです。

《愛知県の病院では、同県で初めてのホスピス建設に携わった。2002年からは近江八幡市にあるヴォーリズ記念病院で新たなホスピス「希望館」の建設を進めた。その途上に腎臓がんと診断され、手術を受ける》


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「悪性のがんも私にとっては良性だったかもしれません」(写真・遠藤基成)

 自分の持っている力をフルに発揮すれば世の中よくなっていく、みたいな考え方が変わりましたね。患者という立場になって医者と患者の間にあるギャップの大きさを知りました。

 私が医者として知っていること、出来ることと患者さんがしてほしいことは違うんですよ。私が白衣を着なくなったのはそれからです。白衣を着ているとどうしても患者さんを上から見るような感じになります。

 患者としてベッドに横たわって実感した、一人では何もできない情けないような心細いような気持ちに同じ立場で寄り添えたらと思います。医療者としてのありようを見つめ直せたことは大きかったですね。

《死を身近に実感することで、真剣に生きることができるようになったと細井さんは言う。ホスピスから眺める現代社会は、「生きよう」の意識だけが前面に出ていると見える。「生命」にこだわるあまり、本当の意味で生きている人は少ないと見える》

 今の時代は死が見えない、死が隠された時代です。ホスピスは死にに行く場所で特別な場所という思い込みを改めて、教育の場として生かすべきだと思っているんです。人は病気で死ぬんじゃなくて人間だから死ぬんです。死は誰もが研究すべきことですよ。

 ここに居る患者さんのことをもっと知って欲しいと思いますね。看護学生や医学生など若い人が来ると、患者さんはよく話をしてくれます。次の世代に何かを伝えたいのだと思います。「いのち」を引き継ぐということを若い人に実感してもらいたいです。

ほそい じゅん
近江八幡市の財団法人近江兄弟社ヴォーリズ記念病院ホスピス長。1951年盛岡市生まれ、京都育ち。78年大阪医科大卒。著書に「死をおそれないで生きる〜がんになったホスピス医の人生論ノート」(いのちのことば社)、「こんなに身近なホスピス」(風媒社)。

(次回2009年2月は、カスタネット社長 植木 力さんです)▲TOP