ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
やすらぎトーク

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昭和初期の町家を利用して開設した社会貢献室

  カスタネット社長
  植木 力さん(2009/02/10)


 ブレなくてよかった。そのときは心からそう思いましたね。

 創業以来の赤字続きで、「赤字企業が社会貢献でもないだろう」、そんな声が内外から聞こえてくる毎日でした。会社をつくって3年目、一本の電話がありました。「社屋を新築するのでオフィス家具一式を任せたい」。受注額は3000万円、私の会社にとっては大きな額です。発注の理由は、どうせなら社会貢献をしている会社から購入したい、でした。信念を曲げなくてよかった。うれしかったですね。

 赤字で暗かった会社の雰囲気も一転しましたね。社会貢献は企業の信用度を高めますし、営業面でも有利に働くことをみんなが実感するようになったんです。業績は上向きになり、その年に黒字化に成功しました。

《大日本スクリーン製造に勤めていた8年前に、社内ベンチャー第1号として、「オフィスのことなら何でもおまかせ」を売りにしたオフィス用品販売会社を起業する。だが世の中そう甘くはなかった。創業2年で6000万円の赤字を抱える》

 赤字のなかでも共同作業所に仕事をお願いしたり、車いす駅伝や障害者シンクロナイズドスイミング大会の後援をしていたんですが、カンボジアの教育支援をしているある社長さんとの出会いから、頼まれてカンボジアの子どもたちのために中古の文房具を送る活動を始めました。

 これがベンチャー企業の社会貢献として予想外の大きな反響をいただいたんです。送られてくる文房具の保管などでは苦労しましたが、カンボジアに足を運んでいるうちに、現地の人たちが植木は学校を建設しに来たと勘違いしてしまって…。結局は学校づくりの資金確保に走り回って小学校を建てました。

 小さなしかも赤字の企業のボランティアに周囲の理解はなかなか得られませんでしたが、そこにかかってきたのが、あの電話だったんですよ。企業にとって事業と社会貢献は車の両輪です。事業の神様は社会貢献を望んでいる、応援している、と信じています。

《植木さんは社長のほかに社会貢献室長という肩書がある。カンボジア支援などの活動が広がるなかで、カスタネットにファンやサポーターが増えてきた。そんな人が気軽に集って自由に交流できる場として、京都市中京区の町家を使って開設したのが社会貢献室「カスタくんの町家」だ》


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社会貢献で得られたファンやサポーターは会社の大きな支えです(写真・遠藤基成)

 このスペースを無料開放しました。時間貸しをすれば収入は得られますが、無料のほうがメリットが大きいというのは実績が証明しています。さまざまな職業、年齢の人々が集って人脈が広がると、実は本業の受注にもつながります。この町家が縁で受注した額は、2年間で1億円に近いと思いますよ。

 あるとき京都ライトハウスの方が来られて、点字の本などに使う点字用紙の処分に困っているという話をされたんです。一部にプラスチックなどが使われているために産業廃棄物として、お金を出して処分しているとね。私のところでは社会貢献活動の資金源に、京都をイメージしたクッキーを販売しているんですが、点字用紙をクッキーを入れる手提げ袋に使うことを考えつきました。

 点字用紙は点字が地模様のように見えますし、手ざわりも独特なんです。手提げ袋は非常に好評ですよ。それで名刺やダイレクトメールなどにも使っています。他の企業でも点字用紙を使うところがでてきて、製作している共同作業所も仕事量が増え、点字用紙が足りないぐらいの人気だと聞いています。いろんなかたちでネットワークは広がっています。

《植木さんとボランティアを最初に結びつけたのは、2年前に亡くなった妻の難病だった。小脳などが委縮して運動機能の衰えが進行するなかでもスポーツを楽しんだ妻の影響でボランティア活動を始めた》

 自分はこのままでいいのか、生き方を振り返るきっかけになったと思います。自分にも何かできることがあるのではないのかとも考えました。妻の病気がなかったら、あえてベンチャーに挑戦することはなかったかもしれません。赤字が続くなかで、あえて会社の方針に社会貢献を掲げることもなかったかもしれません。妻と私は運命の赤い糸で結ばれていたんだと思います。

 昨年からの世界的な経済危機で経営環境は厳しさを増しました。でも私は逆に燃えています。事業と社会貢献が企業の両輪ということを厳しいなかでこそ示したいんです。

うえき ちから
1958年 宮津市生まれ。京都府立峰山高卒業後、航空自衛隊を経て大日本スクリーン製造入社。2001年にカスタネットを創業する。著書に「事業の神様に好かれる法17カ条」(かんぽう)がある。