ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
やすらぎトーク

社会に「魔球」を投げ込め 障害者の独創性発信

アトリエインカーブ
今中博之さん(2009/04/14)


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寺尾さん(右)には、独立して自らのアトリエを持ってほしいと願っている
 インカーブは野球の言葉です。イメージしているのは巨人のかつての大エース堀内が、右打者の内角に投げ込むカーブですね。打者が腰を引いた瞬間、ストライクコースをかすめる「魔球」ですよ。このアトリエにいる知的障害のあるアーティストの作品は、今の社会に対する鋭いインカーブなんです。

 当初彼らの作品はまったく評価されませんでした。聞かれるのは作品そのもののことでなく、師匠はどなた? どこで教育を? 展覧会はどこで? というようなことでした。僕は彼らの作品が素晴らしい現代アートだと確信していたので、客観的な評価を得ようとニューヨークに作品を出したら、すぐに何人かがすごく高く評価されました。それで日本でも展覧会を開き、認められるようになったんです。

 「好きやから飽きへん」と制作する彼らの作品は、真のオリジナリティー、独創性は何やと厳しく問いかけています。平均70点を求める日本の教育では彼らの才能は見いだせません。

《大阪市平野区にあるアトリエインカーブは社会福祉法人素王会が運営する工房で、25人のアーティストが集う。海外での高い評価から支援者がつく人も増えている。クリエイティブプロデューサーである今中さんによれば、うち5人はアーティストとして経済的にも自立できるという。その1人寺尾勝広さんは、鉄工所だった実家で20年間溶接工として働いていた。大作でも下描きなしに定規とペンを駆使し、鉄骨の迷宮にも見える独自の世界を素早く描いていく。現在は美術系公立大学の非常勤講師でもある》



力を発揮できる環境

 ここでは彼らは「専門的就労」をしているのです。障害のある人の中には、音楽家もいるはずですし、舞踊家も、画家も。その創造性を引き出す環境を整え、その成果を社会につなげるのが専門的就労です。

 ここには常勤のスタッフだけで8人います。僕がまずスタッフに求めたのは彼らの作品に感動し、敬意を払うことです。彼らがやりたいことの準備などはします。でも指示や監督はまったくしません。アーティストにとって天国のような環境をつくり、持つ力を存分に発揮してもらいたいのです。

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「壬生寺のすぐ近くで生まれました。最近は親鸞にひかれ、龍谷大に社会人学生として通っています」(写真・遠藤基成)
《これまでの福祉の枠組みにとらわれない今中さんの取り組みは社会的な実験といえる。自身デザイナーで、デザイナーは改革者でありデザインは「企て」だ、という今中さんは、アトリエインカーブの活動そのものをソーシャルデザイン、社会的な企てと位置付ける》

 神様がそれぞれの人間に与えた内に秘めたエネルギーは平等だと僕は信じてるんです。論理を組み立てたり、文脈を読み解くのは僕が得意ですが、持っているオリジナリティーははるかに彼らが優れている。



ソーシャルデザイン

 その人の優れているところにスポットライトが当たれば、人は輝きます。それを邪魔しているのは先入観です。障害がある人の仕事といえば単純な作業という思い込みが世間には強すぎるのではないですか。障害がある人への見方、観点を変える。ソーシャルデザインの大きな目的です。

 でも一人では限界がある。僕に続く若い人がどんどん出てほしい。今大学の芸術学部で准教授をしていますが、ソーシャルデザインを志す学生を育てるためでもあるんです。

《今中さんとアトリエインカーブの活動を結びつけた原点のひとつは、今中さんが百万人に一人という軟骨形成不全の病を抱えていることだ。建築デザイナーとして社会的評価を得たころ、自分の作品にオリジナリティーがあるのかと深刻に悩む一方で、体調が悪化していや応なく障害者である自分に向き合わざるを得なくなった》

 悩んで日本を離れ、フランスで「シュバルの理想宮」に出会いました。これは何の専門教育も受けていない人が33年間をかけて自宅の庭に石を積み上げてつくったお墓です。オリジナリティーはアカデミズムに支配されない人間から生まれると実感しました。そして帰国後、美術を志す障害のある若者に出会ったのです。

 デザイナーであり障害者である僕がオリジナリティーの問題に悩み、その答えを得た直後に彼らに出会った。「縁」を感じ、デザイナーとしての自らの「役目」を感じました。それが始まりです。僕にとって障害は、自分が何をすべきかを考えた原点に、常に引き戻してくれる存在なんです。




いまなか ひろし
1963年京都市生まれ。乃村工藝社デザイン部に86年入社、2003年まで在籍。02年社会福祉法人素王会を設立し理事長に就任、アトリエインカーブを開設する。イマナカデザイン一級建築士事務所。大阪成蹊大学准教授。