ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
やすらぎトーク

写真
糸井さんを囲む仲間たちの表情は明るい(舞鶴市大波下の「ほのぼの屋」で)


フレンチに福祉の隠し味  料理の技術役立てたい


「ほのぼの屋」料理長
糸井 和夫さん(2009/10/13)



《舞鶴市の東舞鶴に鋭い山容を見せる愛宕山、その西のふもと、舞鶴湾を望む高台に「ほのぼの屋」はある。テラスから見る海は古名を枯木浦といい、古代の神々の国づくりにまつわる伝説が「丹後風土記」にある歴史的な風景でもある》

 知人がね、「糸井さん、ほのぼの屋に行ってから顔つきが変わったね。にこやか、和やかになった」と言うんです。

 これは一緒に働いている仲間たちのおかげだと思います。みんな障害に苦労をしながら、乗り越えて働くことに一生懸命ですからね、自分がこの場に参加していると思うと、自然に表情がほころんでくるんですよ。

《糸井さんが提供するフランス料理で人気があるほのぼの屋だが、一方では全国の福祉関係者の視察が相次ぐ店でもある。社会福祉法人まいづる福祉会の障害者就労支援事業所「ワークショップほのぼの屋」(西澤心施設長)が2002年に開設した。現在は20人を超える精神障害のある人が、プロから接客術を学ぶなど社会との接点を求めて働き、経済的な自立を実現する施設として注目を集める》

 05年に前任シェフが辞めて、最初は誰か後任を紹介してという話が私のところにあったんです。



少しでも恩返しを

 その時、「自分が求めてきた役目が回ってきた」と思いましたね。私の姉は知的障害があります。今は結婚して作業所に通いながら独立して暮らしていますが、小さいころから姉を見ながら育ってきて、姉が学校や作業所で多くの人の世話になりながらここまで来たのをよく知っています。その方々には恩義を感じています。何か少しでも恩返しができるかもしれない、そう考えたんです。

 料理人一筋で生きるのもいい人生だと思っていたんですが、何か心残りがある、何かが足りないと感じていました。それが埋まったんですね。きっと。長年かけて身につけた技で福祉に役立てると、うれしかった。ですから、ここに来る決心はすぐつきました。

《糸井さんは子どものころから料理が好きだった。働いていた母親に代わって家族の食事を作っていた。料理人になるのに迷いはなく、専門学校を卒業後、フランス料理で定評のあった志摩観光ホテルに就職する。独立後は生まれ育った京都に帰り、オーナーシェフとして店を構えた。08年に亡くなった随筆家岡部伊都子さんら常連客は多かった》


「精神障害のある人への理解をもっと深めてほしいですね」(写真・遠藤基成

 京都の店は常連客中心で、みんな好みなどが分かっていますから、その人に合った料理を出す、料理人としては一つの理想型ともいえる自由な仕事をさせてもらっていました。それだけに店を閉める理由を常連客の方々に説明するのがつらかったです。

 でも賛成してくれる人がほとんどでした。「なっとくのゆく生き方とは何か。彼は、その答えを自分の技術を生かして障害者とともに働くことに見いだした。人生の意味を求めることは、人間としての基本的欲求ではないか」。これはある常連客が京都新聞の「現代のことば」に書かれた文章です。本当に励まされましたね。

 もっとうれしかったことは、常連客の中にこの舞鶴まで料理を食べに通ってくれる方がけっこうおられることです。予想外でしたが、料理の味にプラスして福祉の役に立つという隠し味が利いているんじゃないかと思っています。

《糸井さんは最近になって「ほのぼの屋」の本当の意味が分かってきたという。格式ばった堅苦しいサービスや雰囲気ではなく、名前のとおり「ほのぼの」とした味を追求していきたいと思うようになった》

 最初は名前の意味がぴんとこなかったんです。でも働いている人はみんなそれぞれの障害とたたかいながら懸命に働いているんです。確かに動作が少し遅かったりすることもあります。でもそれをお客さんも理解して急がず、いい景色と料理をゆったりと楽しんでいただきたい。その雰囲気が「ほのぼの」だと思うんです。



存続が何より大事

 この素晴らしい場所をなくすわけにはいきません。存続することが何より大事です。私は健康の許す限り働くつもりですよ。そして後継者を得てさらに永続させる、それをいつも考えています。

 ここをモデルにレストランを開きたいという福祉施設もけっこう出てきていて、シェフを求めています。志ある料理人は手をあげてください、そう呼びかけたい。



いとい かずお
1947年京都市生まれ。料理専門学校卒後、志摩観光ホテル入社、74年南フランスへ。85年ホテルを辞して京都で「ミレイユ」を開店する。2005年に閉店、カフェレストラン「ほのぼの屋」料理長となる。