ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
やすらぎトーク


土はすべてを受け止めてくれる つながる破壊と創造
写真
粘土の塊が、内面世界を映してさまざまな表情を見せはじめる


粘土活動39年
田中敬三さん(2010/02/16)



《大津市の市立やまびこ総合支援センター内の一室。知的障害がある人たちが陶芸用の粘土と格闘していた。おおきな塊を指で引きちぎってはひたすら積み重ねる人、口で味わってしまう人も。「イエーッ」と歓声があがる。「気持ちいいなー」。室内に解放感が広がっていった》

 粘土は不思議な素材です。一人一人の行為すべてを受け止めてくれる。常に「従」の立場に立ちながら、いつしか扱う人の内面を引き出してしまう。それがいろんな行動やかたちとして出てくるんです。

 どろんこ粘土を顔や髪に塗る人もいます。私もやってみました。きめの細かい粘土を塗ると、髪はぺったんこ、つるつる、なんともいえない「快」の世界です。土そのものの感触を楽しむ人もいますし、たたいたりすると出る音が好きな人もいます。

懐深い包容力と柔軟性

 焼き物用の粘土は、水分の調節などで自由自在にかたちが変わり、感触も大きく変化します。一人一人の扱い方、遊び方と変化する粘土の状態がピッタリとくるポイントが必ずある。粘土がそこへ導いてくれる。粘土の嫌いな人はいないと私が信じているのも、この懐の深い包容力と柔軟性があるからです。

《田中さんはボランティアをしたことをきっかけに、第二びわこ学園(現在のびわこ学園医療福祉センター野洲)に就職、重度の心身障害児と生活をともにする。滋賀県ではすでに知的障害のある人の粘土活動が始まっていた。「重度の人もできるはずだ」と田中さんは考えた。1971年、療育活動として同学園でスタートする》

 ハイハイできる人はハイハイで、寝たきりの人はごろごろと転がりながら集まってくるといった感じで、始まりました。素人ですからね。試行錯誤の連続です。粘土に触ることも最初は抵抗がありましたし、まだまだ粘土の世界に入り込んでもらうのが難しい状態でした。


「ここは指導する、されるといったような世界ではないんです」(大津市内、写真・遠藤基成

「でけた」、自分を表現

 もう消えてしまうんかな、と思っていたころ、目が不自由で寝たきりの人が「でけた」と差し出した粘土のかたまり、延ばした粘土の上にぽつんと穴があいていました。「それ、何?」と聞くと「目や」です。視力のない人が目を表現した。自分を表現したんだ。茶わんとか何とか、常識的な形のあるものができなくてもいい。それでいんだ。そう思いました。私の粘土活動の原点です。

 少し落ち着いたころ、参加する人の見せる表情が素晴らしいことに気づいて写真を撮り始めました。岡崎英彦先生(びわこ学園創設者)が園内に「粘土室」を作ってくださり、活動は全園生を対象にして本格化します。ものすごい枚数の写真を撮りましたが、一人一人の記録として貴重なものになりました。

《障害のある人のアートが全国的に注目されるきっかけとなり、現在も続く「土と色」展が国際障害者年の1981年に始まる。京都や滋賀の施設で誕生した作品が多く展示され、田中さんたちも参加した》

 粘土のかたまりから一部をちぎっては積み上げていく人がいます。かたまりをスリッパで力まかせにひっぱたく人がいます。ちぎったり、たたいているときはその人のなかにある破壊性が出ていると思うんです。でも、積み上げるとき、激しくたたかれた粘土が別のかたちに変化していくとき、それは創造なんです。

 粘土はその人が持っている破壊性、破壊力をやわらかく吸収しながら、それをそのまま創造の世界へつないでいく。みんな、だんだんとその破壊から創造への一瞬の変化を楽しむようになっていくんです。粘土活動には、破壊と創造が隣り合わせで継続しながらあるんです。落ち着きがなかったり、粗暴だった人も落ち着いていきます。

《第二びわこ学園を定年退職した田中さんだが、粘土活動は今も続けている。また同学園のドキュメンタリー映画「わたしの季節」を撮った新潟出身の小林茂監督との縁で、新潟市の有志が田中さんの撮りためた写真をもとに写真集「ねんどになったにんげんたち」を発行、写真展も開かれた》

 私がやっていることすべて、粘土室にやってきた子どもたちに教えてもらったことです。多種多様な遊び方はもちろん、作品の焼き方も、みんなヒントを与えてもらいました。主導権は子どもと粘土にありました。自分は何をしてきたんやろ、と思うことがあります。結局、自分は子どもらの好みに合わせて粘土を練ってきただけ、土練り屋やったんやなあ、これが仕事やと…。



たなか けいぞう
1943年京都市生まれ。龍谷大経済学部卒業。第二びわこ学園粘土室専任を経て今も嘱託として粘土活動に当たる。著書に「粘土でにゃにゅにょ」(岩波ジュニア新書)など。