ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。

前例がなければ作ればいい

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

【5】はじめの一歩は知ることから
「障害」を自然に受け入れる子ども

青野 浩美さん



 日本では身体障害者福祉法に基づき、身体障害を持つ人に身体障害者手帳が交付されます。障害の度合いに合わせて、6階級に分かれており、私は1級です。重度障害者ということになります。世間では、この階級のみを取り上げて判断されることが多くあります。また、「車いすを使用している」「気管切開をしている」という言葉で判断されることもあります。確かに、その言葉だけを聞けば誰もが身構えます。でも本当はどうなのでしょうか。


人工呼吸器のスイッチを自分で入れ、口にくわえて遊ぶおいの明澄くん(本人提供)
 私にはおいとめいがいます。めいは4月2日に生まれた新生児です。おいは2歳8カ月になりました。名前は「明澄(あすむ)」といいます。彼らの母親である私の妹は、私の家から車で15分ほどのところに住んでいます。父親が中学校教諭で夜が遅いこともあり、毎日家に来ます。新生児の頃からほぼ毎日一緒にいるので、半分母親のような気持ちです。

 明澄にとって、生まれたときから一緒にいる私が使うもの、例えば車いすや呼吸器は当たり前にあるものです。指差しでの要求が多くなった1歳ごろ、床に座っている私に対してしきりに車いすを指さすのです。私に車いすに座れと指示していたのです。座ったのを確認すると、抱っこしてと両手を突き出します。私に抱っこしてもらっても、床にいるとどこにも行けないことを知っていたのです。話し始めると、街で車いすを使っている人を見かけた時、「ねぇね!」と大声で叫んでいました。「ねぇねと一緒」と言いたかったのでしょう。

 吸引器も呼吸器もあって当たり前です。少し前のマイブームは、呼吸器のスイッチを自分で入れ、口にくわえて遊ぶことでした。いけないことかもしれません。でも、知っていて身近であるからこそ、アラームが大きい音で鳴っても平気なのです。

 知らないものを怖がるのは当然のことです。知れば、なんてこともないものもたくさんあります。だからこそ、知ることは大事なのです。私のことを知らない大人は、重度障害者だと身構えます。一方、よく知っている明澄は、車いすの私を顎で使います。知らない人が車いすや呼吸器などと聞けば、怖くて当然です。でも、知ることで変わるかもしれません。何事も、はじめの一歩は知ることだと思うのです。講演先でも子どもたちは、私に直接、「首についているものは何?」と聞いてきます。それを見ている大人たちは、かなり焦ります。私が「病気で息をすることが難しくてね」と話し始めると、子どもたちの目はキラキラと輝きます。その様子を見ていた大人たちは、申し訳なさそうにしながらも、「聞いて良かったのかも」と感じてくれているように思います。

 初めてのことを知ろうとすること。そして、知った時の喜び。子どものころには自然としていたことなのかもしれません。明澄が私に教えてくれた、とても大事なことです。


あおの ひろみ
1983年生まれ、京都市出身。
同志社女子大音楽学科卒業。同大音楽学会≪頌啓会≫特別専修生修了。 23歳の時に原因不明の神経性難病を発症し、25歳で気管切開をする。 現在、声楽家としてコンサートに出演するほか講演活動を行う。 著書に「わたし“ 前例 ” をつくります」(クリエイツかもがわ)。
京都光華女子大在学中。