●やすらぎトーク
弁護士
辻川 圭乃さん(2009/11/10)
裁判員裁判が始まって、心配していることがあるんです。知的障害や発達障害がある被告人が、自分の内面が十分に語れないなどの障害の特性を理解されず、誤解されたままに終わり、冤(えん)罪に巻き込まれたり、厳罰化の傾向のもとで不当な重い刑を言い渡されたり、公正な裁判をうけられない恐れがあるからです。
障害があるから刑を軽く、と言っているのではありません。障害があることで刑が重くなってはならない、絶対に防がなければ、と思っているのです。
裁判官や検察官はもちろん、弁護士にも理解が行き届いていないのが現状ですから、期間が短い裁判員裁判で障害への理解がどこまで得られるのか、難しい面があると強く懸念しています。
《大学卒業当時、四年制大学の女子学生は公務員など就職の選択の幅は狭く、大阪市職員に。しかし女性職員の配属先は限られ、思う仕事ができる状況ではなかった。子どもを産んでもやりたいことができる仕事を目指して司法試験に挑戦し、1990年に弁護士登録。97年、地域密着の「町医者」のような存在になりたいと自宅近くに法律事務所を開く》
刑事事件もやっていく中で、被疑者、被告人に障害がある人がかなり多いことがわかってきたんです。
冤罪になるケースも
知的障害のある人には、相手の言うことが分からなくても反論したり否定せず、取り調べや尋問に迎合的な答えをしてしまう傾向があって、調書も不利な内容になり、ひどい場合は冤罪のケースもあります。
その場の空気を読むのも苦手で、法廷での落ち着かないふるまいがふまじめ、反省していないと誤解されてしまうこともあります。障害の特性を理解しない裁判官や裁判員の心証を悪くしてしまう恐れが強いのです。
《厚生労働省の調査では、受刑者で知的障害があるかその疑いがある人のうち、療育手帳を持ち福祉施策とつながることができる人は1割に満たなかった。そして4割近い人が犯罪の動機について、困窮・生活苦をあげた。刑務所に入る際に行われる知能検査では、一般より知的レベルが低いとされるIQ70未満の人が2割を超えるという》
これは知的障害のある人の犯罪傾向が高いということでは決してありません。自分を守る力が弱いため犯罪に巻き込まれやすいのです。
判決が出たら刑事裁判はそこで終わりです。障害のあることが分からないままに、満期になれば刑務所を出ます。お金はない、住む場所もないなどの困難を抱え、どうしようもなくて罪を繰り返す背景がこのデータにはあります。この悪循環を断たないといけません。
犯罪の背景に障害がある場合に、その人を刑務所に入れること自体に疑問があります。刑務所に一人収容すると年間240万円ぐらいの経費がかかるそうですが、これを彼らが地域で生活するための支援に使う考え方も必要じゃないでしょうか。サポートがしっかり受けられれば再犯せずに生活できるんです。
《大阪弁護士会は知的障害の特性を理解する弁護士を増やしていくため、2006年に刑事弁護のマニュアルを作成した。提案者だった辻川さんは作成チームの座長を務めた。マニュアルをもとにした研修会で知識を身につけた弁護士を知的障害などのある人が逮捕された際に派遣する取り組みも始まっている》
取り調べ可視化必要
障害のある人を司法の場で守っていこうという意識は弁護士の間では広まりつつあると思います。それを裁判官、検察官や警察官へと広げていかないといけないのですが、まだまだです。取り調べの録画など可視化も不可欠です。
さらに裁判員にもということになると、社会全体で理解を深めてもらう必要があります。そのためにイラストで分かりやすく障害の特性を紹介したパンフレットを、警察や輸送機関、医療機関、コンビニなどに配布する活動を続けています。課題は大きいのですが、根っこにあるのは理解の不足なんです。
国連で採択され、日本も署名して発効した障害者権利条約では、障害のある人が公正な裁判を受ける権利(司法アクセス権)を明記しています。日本政府も条約を批准する以上は、障害のある人の尊厳を守る有効な手だてをはっきり示してほしいですね。
つじかわ たまの
1958年大阪市生まれ。京都大学文学部史学科卒。権利擁護団体プロテクション・アンド・アドボカシー大阪代表。著書に「行列はできないけれど障害のある人にやさしい法律相談所」(Sプランニング)など。
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