ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

病気になるのも私

真宗大谷派僧侶  川村 妙慶



熱を計ると38度もあります。「まさかコロナ?」と頭をよぎり、かかりつけの病院へ電話をすると、コロナ専用相談へ電話をするように案内いただきました。

担当者からは「そういう所には行きましたか?」との質問。そういう所とは俗にいう夜の繁華街のことなのでしょうか? 大人数での会食には行ってないこと、また呼吸、味覚障害もないことから、病院での診察を勧められました。

肺の検査から異常なしと判断されましたがPCR検査を受けていません。念のために仕事をキャンセルし、自宅療養することになったのです。それでもコロナの疑いは晴れず、お世話になっている漢方医に相談すると、夏の時期、肝臓の疲れから熱がでる「肝熱では?」とお教えいただきました。漢方薬を処方することで、平熱に戻ったのです。しばらく床につきながら親鸞聖人の「みずからが身をよしとおもうこころをすてて」というお言葉がよみがえってきました。

今までの私は「日ごろから生活態度、体調に気をつけていれば病気にはならない」という自負心がありました。それはまさに「みずからの身をよし=自分は良し」という善人意識でしかなかったのです。親鸞聖人がおっしゃった「善人」というのは、「良い結果が出たのは、自分の力だと思い込む心」のことです。

一つの事実が起こるということは、いろいろな縁が働いて起こるのです。決して、私の思いだけで成り立つ事柄は何一つないのです。今まで生きてこられたのも、目に見えない多くのおかげであったのです。元大谷大学長の曽我量深師は「善人は暗い、悪人は明るい」と言われました。

自分の善いところばかりを主張していくような在り方である限り、感謝の心は生まれない。悪人とは、自分の弱さを受け容れ、自分を支えてくださる世界に深く頭を下げていける人のことを言うのです。  健康であることが「善」であると思った私に命は「病気になる身でもある」と教えてくれたようです。



かわむら みょうけい氏
アナウンサー、正念寺(上京区)坊守。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。