ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

自分を守る秘伝の呪文

もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎



世の中には自分をことさら自慢して相手に対してマウントを取ろうとする人がいます。いわく…私の容姿は人並み以上。中高時代は文武両道で活躍。有名大学卒業。一流企業に見事就職。若くして結婚し幸せな家庭を築いている。年収は〇〇万円超え。息子は有名校に在籍。娘はピアノ発表会で最優秀賞に輝いた…。

実に嫌な人たちです。彼らにも一応常識はあり、相手を直接けなすことはしません。そこで、自分を持ち上げることで相対的に相手を見下すという戦法をとってくるわけですね。言われた方としてはたまったものではありません。単純に自分のうれしさを周囲に語っているだけという場合がないわけではありませんが、精神科医の臨床経験に照らせば、マウントをとってくる人の多くには相手をけなそうという悪意があるとみて間違いありません。

マウントをとってこちらを見下してくる人と長く接していると、つらくて心が折れそうになる局面も生じえます。その際に心の中で唱えるとすっと楽になる最強の呪文を今回は皆さんに伝授しましょう。「それがどうした?」です。

人間は自分の意思とは無関係に突然この世に放り出され、そしていつかはこの世から消えます。この2点においてすべての人間は平等です。生者必滅。いかに栄華を極める者もこの運命から逃れることはできません。世俗の価値はしょせんかりそめでしかないのです。「それがどうした?」の呪文は現世の幸福がつかの間の幻想にすぎないことを気づかせてくれます。

時と場合によってはマウントをとってくる人に対して直接「それがどうした?」と切り返す反撃も許されると個人的には思います。俗事の絶対的価値を信じて疑わない彼らは青ざめるしかないでしょう。

ただし、皆さんの迷惑な言動で周囲が困っているときに「それがどうした?」と居直るのは不可です。この呪文は攻撃に使用するのは禁忌、専守防衛用であることをお忘れなく。


しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。