ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ペルソナの処世術

もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎



「○○氏にはまた別の顔もあったらしい」などという報道を耳にするたびに少し違和感を覚えます。別の顔を持つことがそんなに不思議なのでしょうか。自宅や趣味のサークル、職場でも全く同じ顔しか見せない人がこの世に存在するとは思えません。状況に応じてうまく顔を使い分けることはむしろ大人の条件ではないでしょうか。

日本語の「人格」は近代になってから使用されるようになった言葉で「パーソナリティー」という英語の翻訳とされています。「パーソナリティー」は「パーソン(人物)」の派生語であり、そして、中世ラテン語の「ペルソナ」に起源を持ちます。「ペルソナ」の意味は「仮面」です。ドイツ語やフランス語も事情は同じで、「人格」を意味するヨーロッパの言葉が「ペルソナ(仮面)」に由来するという事実は「人格とは何か」を考えるうえで非常に示唆的です。

人間とは本来、状況に応じて、あるいは相手次第で、ペルソナを使い分ける社会的存在だということです。したがって人格はそもそも多面的であり、さまざまな「顔」を見せるのが当然ということになります。「顔」は「キャラ」とも言い換えられるでしょう。マシンガントークで大人気のお笑い芸人が私生活では別人のように寡黙という例も珍しくないようですね。

人間関係でつまずいたときにまず検証すべきはペルソナの選択が妥当であったかどうかです。同じペルソナにこだわってそればかりをかぶり続けていると、つまり状況や相手を度外視して同じパターンの言動で押し通すと、失敗が増えるに決まっています。できるだけ多くのペルソナを臨機応変に使い分ける戦略で対人トラブルは最小化できると見込まれます。

ちなみに、解離症や多重人格と呼ばれる心の病気は人格の分裂ではなく、ペルソナ選択の混乱と解釈できます。「ペルソナは人間が使う小道具にすぎない」と自分に言い聞かせれば症状は軽減に向かうでしょう。


しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。