ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

失敗の先の選択肢を用意
つながりを取り戻す(22/07/18)

駒井 元竜こまい げんりゅう さん


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アトリエともの利用者らが作った製菓を並べる駒井元竜さん(京都市中京区)
 さまざまな困難によって社会とのつながりが希薄になった人に居場所を提供し、つながりを取り戻すことを目指す就労継続支援B型事業所「アトリエとも」。京都市中京区のまちなかに位置するカフェ併設の作業場には、利用者の作業を支える施設長駒井元竜さん(52)の姿がある。「努力して何かができるようになることを目的にせず、やってみたらできた、という『出合い』を提供できるように心がけています」

 事業所は、患者が集える場として精神科医が2009年に開設したのが始まりで、NPO法人ユースサポートネットともが運営する。現在は当時の患者以外も利用し、登録者は28人。駒井さんは他職種から転職し、職員を経て3年前から施設長を務めている。

 高校や大学を卒業し、働いた経験のある利用者も多く、対人関係で嫌な思いをして社会と距離を置いている人も。通所は週1日から毎日までさまざまで、ラベル貼りや箱折りなどの軽作業や製菓、アート作品の作成など、多様なメニューに取り組んでいる。他者との関わりをもつことを強制せず、個別のブースで作業する。話したくなければ話さずにすみ、スタッフが声をかけなければ、一言も声を発することなく帰る人もいる。

 小さい時から周囲の人たちに怒られ、自己評価が非常に低い人たちは「コミュニケーションは人と楽しく話すことだ」というイメージに合わせられず、苦しみがちだ。「でも、あいさつしたり、仕事で必要なことを伝えたり、文字でやりとりしたり、コミュニケーションのかたちはさまざまだと知ってほしい」。コミュニケーションとは何か、という問いを駒井さんは大事にする。

 自分以外の利用者に目を向けてもらう新たな試みも始めた。「聞きたいこと」を紙に書いて提出してもらい、自分も質問に答えるイベントを開いたところ、参加する人もしない人も、「好きな食べ物は」「将来はどうなりたいか」などの質問を記していた。質問を出すこともコミュニケーションの一つ。意識を変えるための工夫を重ねる。

 「引きこもらず家を出るという部分でわれわれが役割を果たせても、問題はその先」と駒井さん。仕事に就いてほしいという親の気持ちを感じつつも、「就職して自立を目指す」という流れに乗れない人がいる。「次に行けない自分を責め、自信をなくし、ますます動けなくなるのです」。親亡き後の生活は、今や社会全体の課題となっている。

 社会保障制度を利用して生きるという選択肢も含め、「自分で考えて選ぶことに慣れる」のが大事だという。ポイントは、失敗しても大丈夫と思える体験だ。「その選択は明らかに失敗する―という理由で、周囲の人が止めたり、別の選択肢を勧めたりすると、『失敗することはダメなのだ』と認識してしまう。失敗が怖くて、選べなくなる人もいるのです」

 アトリエともでは、簡単なことでも選択肢を示し、失敗すると分かっていても止めず、「違った」と自分で感じてもらう。「失敗の先の選択肢を用意するところまでが私たちの仕事。どんな選択をしても自分を支えられる土台をここでつくってもらえたらうれしい」

(フリーライター・小坂綾子)