ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
わたしの現場

特別視されない地域に
「ひきこもり」相談支援(22/10/24)

北出 篤嗣きたで・あつしさん


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ひきこもりがちな人や家族の相談支援に取り組む精神保健福祉士の北出篤嗣さん(7日、湖南市大池町)
 甲賀市と湖南市を中心に、ひきこもりがちな生活を送る人や家族に相談支援を届ける甲賀・湖南ひきこもり支援『奏―かなで―』。北出篤嗣さん(40)は、ここで主任相談支援員を務めている。「ひきこもりは、ストレス社会の表れで、その人が選ばざるを得なかった生活形態の一つ。ひきこもる『人』が問題ではない。その人が自分なりの社会や人とのつながりを取り戻せるよう支えたい。ひきこもっていてもいなくても、どんな生活をしていても肯定的にとらえられるように、心がけています」

 奏は、社会福祉法人さわらび福祉会が2015年から滋賀県社会福祉協議会などと一緒に始めたプロジェクトで、同法人の「支援センターこのゆびとまれ」の中に事務局が設置されている。家族や関係機関、民生委員らからの相談を受け、訪問や他機関との連携などの支援に取り組む。7年で、約300人の相談を受けてきた。

 舞い込む相談には、本人に会うにも時間がかかるようなケースが多い。ひきこもりがちな人の「最初の一歩」を支えるため、慎重にアプローチ。「すぐに会いにいくべきかも評価した上で支援の方法を決める」と北出さん。比較的早く会える人もあるが、返事がない中で何通も手紙を送り続け、何年もかけて出会える人や、家族にしか会えないケースもある。

 「ひきこもりは、病気と違ってしんどさが見えにくく、相談しにくい。事件と結び付けて報道されたり、コロナ禍で仕事がない人もあったりする中で、家族も後ろめたさを抱え、相談件数が減っているのが気になります」。ひきこもりはサポートの必要な状態であることを正しく認識してもらう重要性を、北出さんは痛感する。

 奏の役割は、主に二つある。一つは、自分らしさを取り戻してもらうこと。「その人に合った生き方を探す過程を一緒に歩いていく仕事でもある」と感じる日々。「ゴールは奏が定めない」というのが北出さんの持論だ。「働かないとダメだと思うと、動けなくなる」と苦しんでいた人は、奏に通う中で、次第に働くことだけにとらわれすぎず、目の輝きを取り戻し、自治会の草刈りや両親の通院の送迎を手伝えるようになった。

 もう一つは、誰にも相談できないで苦しむ人に支援を届け、別の人や機関とつながってもらうこと。「それは、専門職や行政に限らず、地域の人でもいい」。自分のことを話せる相手が見つかったり、地域に居場所ができたりしたときが、奏の「卒業」だ。

 家族への相談支援で好転したケースもある。3カ月に1回、6年間苦しみを相談し続けた母親からは、「本人が朗らかになった」と報告があった。涙ながらに北出さんに思いを打ち明け続けるなかで、自責の念や「子どもがすべて」という思考から離れられ、結果的に2人とも楽になれたという。

 「7年の実績を生かし、人生の中でひきこもる期間があってもいいと多くの人が思える、ひきこもることが特別視されない地域をつくりたい」という思いがある。「その人をなんとかしよう」ではなく、その人を含めて地域だととらえられるまちづくりを、関係機関や民生委員とともに目指している。

(フリーライター・小坂綾子)