ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
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「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

事故経て福祉輸送拡充に力


NPO法人「アザレア」統括理事
高畠 信也さん



 「高齢者や障害のある人たちが必要な時にすぐ利用できる「介護タクシー」や緊急性の低い患者・転院者を運んだり災害時避難に出動する「民間救急」の普及などに携わって10年以上になります。これら福祉輸送は、福祉行政や消防救急などの「公」を補う社会システムとして、不可欠の事業といえるでしょう。コロナ禍で大都市部の民間救急車がフル回転している現状を見れば明らかです。


「民間の福祉車両を利用して、移動手段を持たない弱い立場の人たちを支援したい」と語る高畠信也さん(草津市野路町)
 私が福祉輸送に携わったのは、自身の交通事故と深く関わっています。約40年前、東京で車に乗ってアルバイト中に、大型車両に正面衝突され脳挫傷や、両膝の関節が外れるなどの大けがを負ったのです。相手車両は逃走。1週間の昏睡(こんすい)状態から目覚めた時には左半身がまひ。記憶障害が残り、その後7年間の入退院で外科手術は10回以上に及びました。

 通院中に感じたのは、乗りたい時にすぐ乗れず、通常料金で利用するしかないタクシーでした。その後、滋賀県に移ってタクシー乗務員をしたころ、救急搬送され治療を終え病院から帰宅する人を乗せると、持ち合わせがないのではなく、貧しくて料金を払えない人を数多く経験しました。

 「通院をはじめ困った時に誰でも安価に利用でき、介護保険が使えて車いすでも乗り込める介護タクシーを自力で走らせたい」そう決心して2011年、湖南市に設立したのがNPO法人「アザレア掛橋コネクション」(現アザレア)です。車1台から始め、乗客介護ができるようヘルパー資格も取得しました。

 事業が軌道に乗ると、同業者間で利用者からの配車依頼が同時間帯に集中したり、自社の所有車種では依頼に応えられないケースが続出。そこで県内の依頼を一括して受けられるよう3社に呼びかけ、滋賀福祉輸送協会を設立してコールセンターを一つにまとめました。現在、協会には20社が加盟しています。

 福祉輸送を手がける以上、どうしても実現したいのが、民間救急でした。大規模災害時には、社会的弱者とされる人たちの避難、移動に必要な車両は不足しがち。平時でも消防救急がひっ迫すれば、緊急性の低い患者搬送を代行する仕組みが欠かせません。

 「民間の福祉車両を一定条件のもとで救急搬送に使うべき」と、行政や各消防本部に要請を繰り返しました。15年以降、県内各地域で認定をいただけるようになり、協会コールセンターに輸送受付電話「♯7199」を開設。19年には災害時に要援護者の輸送を確保するため、私たちを含め福祉有償旅客運送11事業者と滋賀県の間で災害時搬送協定を締結することができたのです。

 移動の手段を持たない弱い人たちの支えになろうと、ここまで事業を拡大してきました。既得権や法律の壁は厚いままですが、「事故で生かされた命」と感謝して、今後も民間福祉輸送の拡充に取り組み続けるつもりです。


たかはた・しんや
1964年、石川県生まれ。交通事故で重傷を負い、長期通院を経験して福祉輸送の重要性に目覚め2011年、湖南市に介護タクシー事業所を設立。15年には同業他社と設立した滋賀福祉輸送協会の代表理事に就任。現在は湖南市と草津市で介護タクシーのほか訪問介護や同行援護なども手がける。草津市在住。