ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

「自粛」と「補償」

2020.04.20

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

弁護士 尾藤 廣喜

新型コロナウイルスの緊急事態宣言が発せられ、外出の「自粛」や休業要請、催し物の開催の停止要請など市民生活の大幅な制限が求められている。ところが、日本では、「自粛」や「休業要請」に「補償」が伴わないため、生活が成り立たないという悲痛な声が大きくあがっている。とりわけ、飲食業、観光関連業、音楽・演劇などの芸術家、さらに中小企業、フリーランスの人たちの経済的被害は甚大である。そして、賃金の不払い、解雇、派遣切りなどが空前の規模で発生している。

「自粛」と言えば、私は、水俣病を思い出す。チッソの排水に含まれた有機水銀に汚染された水俣湾内の魚を食品衛生法に基づき漁獲禁止にしようとの熊本県の要請に対して、「湾内のすべての魚が有毒化ているという証拠がない」との理由で漁獲禁止を認めなかったのが厚生省(現厚生労働省)であった。その本音は、漁獲禁止にすれば、国の責任で漁業の「補償」をしなければならず、ひいてはチッソの賠償責任も問題となるからであった。結局、「漁獲禁止」はされず、漁協による「自主規制(自粛)」にとどめ、その範囲は限定され、漁は続き、水俣病の拡大を防ぐことはできなかったのだ。

イギリスでは、自営業者・フリーランスの人々にも、最大毎月2500ポンド(33万円)まで補償しているという。また、ドイツでは、文化分野への緊急支援措置として3カ月で約108万円を支給するという。これに対して、日本では、すったもんだの議論の末、1人当たり10万円の支給が言われてはいる。また、売り上げが50%以上減少している中小企業に200万円以内、個人事業主に100万円以内を給付する予定であるという。しかし、これでは「補償」とは到底言えない。政府は、「自粛」を求めながら、「補償」を行わないなどという日本的な「あいまい」な対応を、いつまで続けるのだろうか。

びとう・ひろき氏
1970年京都大法学部卒。70年厚生省(当時)入省。75年京都弁護士会に弁護士登録し、生活保護訴訟をはじめ「貧困」問題について全国的な活動を行っている。