2020.09.28
2020.09.28
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
ACT―K主宰・精神科医 高木 俊介
日本人はビールと聞くと、あの金色に泡だつ苦い飲み物を思い浮かべる。日本中どこでも同じ味。だが、ビールは世界で一番種類の多い酒である。味もさまざま、色は赤黄白黒と多彩。日本でビールがどれも同じなのには、歴史的理由がある。森鴎外と乃木希典が関係しているのだ。「舞姫」の文豪と、殉死した軍人だ。
2人は同時期にドイツに留学し、よく会っては飲み交わした。ドイツはフランスに戦勝し、ヨーロッパの新興国としてめざましい発展を遂げていた。軍医として留学した鴎外は、そこでビールの研究をして生活を謳歌(おうか)した。ドイツ軍の強さに魅了された乃木は、帰国後ドイツで行われていたビールの一気飲みをはやらせた。このドイツで主流のガブ飲みできるビールが、日本の大手ビール会社がつくるラガービールである。日本は、ビールでドイツの強さにあやかろうとしたのだ。富国強兵ビールである。戦後になっても経済戦士たちの飲み物として、このスタイルが続いた。
アメリカは、初めはエールタイプという世界で最も多いビールが主流だった。それが禁酒法で一変した。禁酒時代に職人的醸造技術が失われ、大企業が工業的につくるビールしか残らなかったのだ。日本とアメリカは世界のビールの多様性から取り残されてきた。
しかし、豊かな嗜好(しこう)品を求める人々の思いはいつの世でも生き残る。今世紀に入って、アメリカは空前のクラフトビール・ブームだ。本来多種多様だったビールが、さらに豊かに発展している。日本でもようやく、多彩なクラフトビールがつくられるようになった。
コロナ禍は、生活から楽しみを奪い、人のつながりを断った。しかし、生活スタイルは強いられるものではない。人は、多様な生活、人生、文化を求める。お互いに多様な嗜好をもって豊かに生きる人間同士の触れあいを楽しみたいという情熱が、この世界をつくる。
コロナ後の世界を甦(よみがえ)らせるのは、尽きることのないその情熱だ。たかがビールや嗜好品、されど、なのだ。
たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ。