2022.11.21
2022.11.21
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎
精神科では薬による治療が薬物療法、言葉のやりとりによる治療が心理療法と呼ばれます。心理療法が精神科医によってなされる場合は精神療法、心理士によってなされる場合はカウンセリングとして区別されるのが一般的です。
精神科には最初から「カウンセリング希望」として来られる方がいます。主な理由は「薬は副作用がこわい」というものです。その患者さんは「心理療法には副作用がない」と思い込んでおられるわけですが、これは大きな誤解です。
心の中に巣くう病気を体の奥深くにある膿(うみ)にたとえましょう。薬物療法は抗生物質による膿の縮小治療に、心理療法は皮膚や筋肉を切って膿を除去する手術に相当します。外科手術では出血がとまらないとか大量出血で体力が著しく低下することがあります。効果のみならず薬の副作用や手術の危険性も勘案して外科医が膿の治療方針を決めるように、精神科医も薬物療法と心理療法の利点および難点を考量して、最適の組み合わせを模索します。
「カウンセリングだけで治してほしい」という要望は「出血が止まらなくても構わないから、薬は使わず手術で膿を切除してほしい」と求めているのと同じです。精神科的な意味での「心の出血」は、黙っておいた方がよい極めて内密な事柄まで人にしゃべってしまい、かえって苦痛が増す事態を指します。大きな病巣が心の非常に奥深い場所にあると想定される患者さんに、精神科医が深堀りする心理療法をあえて行わない理由も以上の説明でご理解いただけると思います。
夫婦の間でも口に出してはいけないこと、夫婦は知っていても子供には話せないこと、家族だけが共有していて他人には秘密にしていること…皆さんにもおありでしょう。人にしゃべって楽になることが多いのは確かです。他方、しゃべりすぎて逆に苦しくなる場合があることも忘れてはなりません。ほどよく人にしゃべるのが心の健康を保つ秘訣(ひけつ)なのです。
しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。