2023.06.13
2023.06.13
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
立命館大教授 津止 正敏
3月下旬に豪華俳優陣で公開された映画『ロストケア』。コピーは「彼はなぜ 42人を殺したのか」「殺人犯VS検事」なので、エンタメとしてアピールしているのだろう。原作もどんでん返しの謎解き豊富な日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。が、テーマは「ケア」「介護殺人」だ。
文庫本400ページ近いボリュームの原作は介護事業を食い物にして糾弾されたあのコムソン事件など介護の闇を舞台背景に置いた。闇を生成する社会構造への弱者の一撃とでも言いたいかのように、その歪(ゆが)みをつく。ただ、映画は2時間。こうした背景は捨象され、介護の闇に翻弄(ほんろう)され葛藤を深める人の怨嗟を描く。経済最優先の社会で無き物とされ貶(おとし)められる無残な介護の実態そのものを描いた。まさに地獄図のように。
殺人者は言う。「これは喪失の介護、ロストケアだ。僕は42人を救った」。母を殺された女性も「彼に救われた」と呟く。「大切な家族の絆をあなたが断ち切っていい訳がない」と叫ぶ検事の正義が、とてつもなく薄っぺらなきれいごとに聞こえてくる。映画は観る者に問う。どう思う?
危険だと思った。「ロストケア」への共感がねっとりと拡(ひろ)がる。少なくない識者が、安楽死や尊厳死の法整備に言及し、不遜(ふそん)にも「死ぬ権利」を口にする。介護の過酷さは現実の一端ではあるが、それをさも宿命かのように首肯すればこの社会はどうなるのであろう。「生き切る権利」はどうするのだろう。
こんなモヤモヤ感で一杯になっていた先月の初旬、『ぼけますからよろしくお願いします』を観た。99歳の耳の遠い夫が、認知症になった妻を看取(みと)るまでを、一人娘の監督が撮ったドキュメント。90代夫婦と還暦前の娘の介護生活。泣けて笑えて、哀しく切なくて愛おしい。あの『ロストケア』とは近くて遠い介護を肯定し希求する感情だ。
「介護のない暮らしは、つまらんなあ」。老夫婦や監督の伝えたいことはこんなことかもしれない。そう言える社会でありたい。
つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる – 男性介護者100万人へのエール – 』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言 – 』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」 – 』、『子育てサークル共同のチカラ – 当事者性と地域福祉の視点から – 』など。