2023.07.24
2023.07.24
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
ACT―K主宰・精神科医 高木俊介
インバウンドが急激に回復している。街は外国人観光客で溢(あふ)れ、早くも「観光公害」を心配する声があがる。だが、観光経済に頼る今後の日本は、杞憂(きゆう)するより前に積極的に受け入れる工夫が大事だと、私は思う。
私の学生時代、ようやく日本人が自由に海外に行けるようになり、格安航空券も出始めた。それによってリュックを担いだ若者たちが欧米に気軽に出かけた。自由を謳歌(おうか)するそんな姿が、格好良かったのだ。
私もそのひとりだ。ユーレイル・パスという欧州内の鉄道の一等車に乗り放題できる外国人観光客用の安い切符があり、夜行列車で宿代を浮かせた。だが、地元の人にはたまったものではない。紳士淑女然とした方々に、この列車はあなたたちが乗るものではないと追い払われる。切符を見せると驚いて、こんなものがあるなんてと渋い顔で舌打ちされた。私たちが観光公害だったのだ。
イギリスでは人種差別にあう。ホテルの朝食でレストランに行くと、テラス席は空いていても入れてもらえない。厨房(ちゅうぼう)近くで黒人の男性と一緒に座らされた。今はどうなのだろう。フランスの直近の「暴動」は、白人警官による黒人青年の射殺が原因だという。
ローマでは旅行者仲間を装った若者に誘われ入ったバーで、法外にぶったくられた。抗議するとマフィアの用心棒のような男が「壁ドン」する。泣く泣く払って警察に行くと、あの店かと警官が笑い、一緒に取り戻しに行ってやると言う。お金が半分戻ってホッとしていると、俺たちはこの店で飲むからと、警官がお店の美女と手を振った。
こんなとこには一刻もおれぬと、朝一番の列車でベニスへ。水の都の陽光の美しさと、広場に集う若者たちの幸せそうな笑顔が忘れられない。
世界も人生もそんなものと、若い時の旅に学んだ。戦後すぐの日本も、同じ逞(たくま)しさと猥雑(わいざつ)さの中で成長したに違いない。人種差別も犯罪詐欺もゴメンだが、日本は潔癖を尊びすぎる。世界はもっと、猥雑でよい。
たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ。