2024.07.29
2024.07.29
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎
入社してすぐにいじめを受けたら「就職は失敗だった」と後悔する人は多いはずです。しかしその会社で良き伴侶に出会えたならば「この会社に就職してよかった」に変わるでしょう。
その後、海外への異動を命じられて現地で苦労したら「こんな会社を選んで失敗だった」と落ち込むかもしれません。ところが帰国してから破格の出世をすれば「やはりこの会社に就職してよかったな」という気持ちになったりします。
皆さんにも似たような経験はいくらでもあるに違いありません。中国の「人間万事塞翁(さいおう)が馬」という故事が教えるとおりです。
一般的には「未来は変えられるけれども、過去は変えられない」と言われますね。ところが実際には、後段の半分は正しく半分は間違いです。過去には実は二種類あります。それは「変わらぬ過去」と「変わる過去」です。前者は「過去の事実」を、後者は「過去の意味」を指します。
「過去の事実」は確定済みであり変えることはできないのに対して、「過去の意味」は現在からどのような光を当てるかによって刻々と変化します。人生にとってより重要なのは「過去の事実」ではなく「過去の意味」です。
たとえば、うつ病になった方は確かに気の毒です。しかし後から振り返ると、うつ病の発症が「ある種の危険信号」であったことが判明するのは珍しくありません。「このまま働き続けたら心が壊れてしまうぞ」という警告が発せられたからこそ、休息(心の冬眠)で最悪の事態を回避できたとも解釈できるのです。
ケースによりますが、病気という不幸な「事実」でさえ、その「意味」を考えるなら、必ずしも不幸とは言いきれない側面が見えてきます。悲しい過去に苦しみ続けている方には、「事実」を「意味」に移行させる作業をお勧めします。お一人でするのが困難なら遠慮なく精神科にご相談ください。「意味」を浮かび上がらせる照明のプロが皆さんをお待ちしております。
しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。