2021.10.18
2021.10.18
音楽福祉工房はればれ
椅子に掛け、床に置かれた籠を取り囲んだお年寄りたちのグループ2組が、「スタート」の掛け声とともに、籠を目がけ一斉に紅白の球を投げ始めた。運動会の定番曲「天国と地獄」を奏でるピアノの音が会場を盛り上げる。
京都市右京区の高齢者福祉施設でことし8月末、「音楽福祉工房はればれ」のオンラインによる音楽配信イベントが開かれた。玉入れは、楽曲鑑賞の合間に体をほぐすプログラムの一つ。会場には大型ディスプレイが置かれ、上京区にある「はればれ」のスタジオから楽器演奏のほか景勝地の映像、クイズなどがビデオ会議用システムを使って届けられた。
音声と映像に少しタイムラグは出たが、双方向の臨場感豊かなイベントに、お年寄りたちは笑ったり歌ったりの60分を楽しんだ。
「届けた音楽で楽しい会話が生まれ、リズムに合わせ体を動かしてくださるのを見ると、やってきてよかったと感じます。『よい音で美しく』『本物の音楽を届けよう』を合言葉に活動してきましたが、これからのシニア世代にはオンラインでも満足してもらえる可能性を感じます」。ピアニストで「はればれ」代表の植村照さん(50)は、聴き手に合わせた新たな音楽プログラムの開発に意欲を見せる。
「はればれ」は、個々の事情で演奏会場に行けない人たちに「ナマの音楽を届けよう」と活動していた植村さんと声楽家の斎藤景さんが、12年前に設立。それまでの子育てママたちに加え、新たに高齢者や障害者、病院などへも音楽提供の枠を広げた。二胡(にこ)やフルートなどの演奏家も会員に加わり、現在は年間10回前後の演奏活動を続けている。レパートリーは本格的クラシック曲から演歌、テレビ主題歌まで幅広い。
依頼に応じる訪問演奏を主にしてきたが、コロナ禍を機に工房内での演奏をオンラインで届ける音楽配信を導入。昨年度から民間基金などの助成も利用して、機材を整え本格稼働させた。動画投稿サイトに会員の演奏をアップする「はればれオンライン」も始めている。
提供手段とともに会員たちは、音楽が持つ心の癒やし効果にもこだわってきた。音楽療法士でバイオリニストの山本純子さん(51)は「音楽は人の感情を増幅させる働きがあり、負の効果を出させない配慮が必要。言葉では伝えにくい楽しい気分、美しい世界を音に乗せ伝えられるように心がけています」と話す。
世代ごとに楽しめる音楽プログラムについても研究を進め、一昨年秋には複数の福祉演奏グループを招き、京都市内で「シニア向け音楽福祉プログラム企画交流会」を開催。事前のアンケート調査で、今のシニア世代は唱歌、童謡ではなく映画音楽やジャズなどを好む傾向が強い、とする結果をまとめ、交流会で発表した。
聴き手の世代交代が進むのを受け、「はればれ」では既存の演奏プログラムを見直す一方、会の財政基盤を含めた持続可能な将来計画づくりにも取り組むという。
音楽福祉工房はればれ
2009年設立の任意団体。京都市内の音楽家ら7人で構成。ボランティアとして高齢者施設などへの訪問演奏、オンライン演奏を手がける。動画投稿サイトを使う音楽配信、聴き手に応じた音楽プログラム開発も行う。演奏依頼は交通費程度が必要。事務局は上京区鶴山町、連絡先075(241)4747