ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

温もり不足、見過ごせぬ

2020.12.07

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京都府更生保護女性連盟会長/齋藤 常子さん

「更生保護活動とともに、生きづらさに苦しむ若い人たちにも広く手を差し伸べていきたい」と話す齋藤常子さん(11月24日、京都市上京区烏丸通今出川上ル・京都保護観察所)

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

 更生保護のボランティア活動に携って30年以上になりました。犯罪や非行に陥った人、保護観察中の人など数多くに接してきて、分かったことがあります。

 ほとんどが、家庭環境に恵まれず貧困や虐待に苦しみ、人の温かさを知らないまま育ったり発達障害などのハンディを負った人たちなのです。

 ある年のクリスマス、出所者が短期間暮らす更生保護施設で20代の青年と食事を一緒にしたことがあります。ちらしずしにチキンとすまし汁、ケーキを添えたありふれた献立を見つめ彼は言いました。「これ全部ぼくのですか。何年ぶりやろ、ケーキ」

 社会的弱者といえる、そんな人たちの実情を政治や社会はどこまで理解しているのか。刑務所や少年院を出ても就労は厳しく、家族にさえ拒否され行き場のない人があります。いま犯罪総件数が減り続けるのとは逆に、再犯に走る人が増えている事実を見過ごしてはなりません。

 「弱い人たちに陽が当たり、人として尊重され心豊かに暮らせる社会」へ。更生保護の一翼を担う私たちの役割はいっそう高まっていると感じます。

 更生保護の分野に女性が果たす役割は大きく、全国には1300の地区更生保護女性会があります。私たち京都府更生保護女性連盟(京更女)は、府内27の地区女性会(計約5千人)が集まってつくるボランティア団体です。

 活動は更生保護のほか多岐にわたり、社会を明るくする運動や地域の子育て支援、青少年健全育成活動などに協力。社会的マイノリティーが集まるカフェで食事づくりも続けています。

 私は子育てが一段落した1988年、保護司になり翌年から更生保護女性会で活動を始めました。視覚障害者向けの音訳や人形劇などさまざまなボランティアに加わり、音訳は今も続けています。父が保護司や教育委員を引き受け、手弁当で地域に尽くす人だったので、その影響を受けました。主婦や母親であっても社会に何らか貢献する生き方に、私は引かれるのです。
 4年前、作家の瀬戸内寂聴さんらによる「若草プロジェクト」(少女や若い女性支援)の研修会で衝撃を受けました。格差社会で生きづらさを抱える多数の少女が、貧困やいじめ、薬物、性産業からの搾取などに苦しんでいると知ったのです。「私たちも協力させて」と、お願いして開設したのが、一般社団法人「京都わかくさねっと」です。少女たちの居場所確保と自立支援、相談相手づくりに力を入れています。

 今の時代、街に「普通の大人」がいなくなりました。若い人を見かけ「おかしい」と感じたら声をかけ、助けたり叱ったりする存在。京更女は普通の大人、おせっかいおばさんの集団として、今後も縁の下の力持ちであり続けます。賛同してくださる女性の入会を切に願っています。

さいとう・ときこ
1945年、岡山県生まれ。結婚で京都市に移り80年代から、幼稚園での人形劇や視覚障害者向けの音訳ボランティアなどに従事。88年、保護司になり翌年から更生保護女性会に参加。京都府更生保護女性連盟常務理事を経て2007年から会長。19年、京都府あけぼの賞受賞。京都市西京区在住。