ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

愚痴含め、しっかり聞く

2024.10.21

  • わたしの現場

小金沢 一美(こがねざわ ひとみ)さん

歯科と介護の事業所運営(24/10/21)

 大津市の山に囲まれた住宅地に、歯科診療所と介護の事業所が並ぶ。ここを切り盛りしているのは、歯科医師の小金澤一美さん(68)。グループホームや訪問看護ステーション、小規模多機能型居宅介護施設などの運営も手がける医療法人白櫻(はくおう)会の理事長で、認知症介護指導者でもある。歯科診療だけでななく、地域の福祉を支える心強い存在になっている。
 「お願いされると断れない性格でね。『まあえっか、やってみよ』『60%でかまへん』の精神で挑戦していたら、こうなりました。『困った時はあそこがあるから安心』と思ってもらえるような存在でありたいですね」
 京都市に生まれ、滋賀県で歯科がなかった地に1986年、診療所を開設した。福祉に目が向いたきっかけは、高齢の患者がけがで診察に来られなくなり往診したことだった。依頼を受けて施設にも訪れるようになり、95年から本格的に訪問診療をスタートさせた。
 施設を訪れるうち、「入れ歯を何回直しても食べられへん」と相談があり、食べるための支援も必要だと実感。摂食嚥下(えんげ)の書籍を大量に買い込み、読みあさった。「口は栄養の入り口。食は大きな楽しみで、幸せにつながる。人の体や生理学に関心があり、歯科医の私にもできることがあると思いました」

「治療が終わったあとに、じっくり話すこともある」と語る小金澤一美さん(大津市)

 摂食支援だけでなく、介護保険制度の開始を機に介護も学んだ。歯科のスタッフにヘルパーやケアマネジャーの資格を取得してもらい、体制を強化。歯科医療を母体に、ニーズに合わせて福祉事業所を増やし、現在は大津市内に5拠点11事業所を運営する。
 法人の理念は「すべての人の尊厳を守る」。歯科部門も介護部門も共通だ。「患者さんや利用者さん、地域の人、法人職員、全ての人が自分のこだわりを大事に、自分の価値を自分で知ってもらいたいという思いがあります」
 もう一つ心がけているのは「安心してもらうこと」。丁寧な治療はもちろんだが、人と人としてのコミュニケーションも欠かせない。「何に困り、どんなことを望んでおられるのか。私たち医師の判断で治療してしまうのではなく、しっかり納得してもらいたい」
 大学時代から「お姉ちゃん先生」と呼ばれてきた。とにかく人の話を聞く。「困りごとを端的に説明できる人の方が少ない。愚痴も含めてしっかり聞き、治療に来られたら晴れやかな気持ちで帰ってほしい」。うれしいのは「後ろ姿が笑っている」ときだ。
 訪問歯科が珍しかったときから先駆けて取り組み、福祉ニーズに合わせて事業を展開してきた根底には、「スーパーマンはいらない」というモットーがある。「1人でやろうとせず、チームメイトを信頼する。それぞれの個性が出ることで、見えることがある」。みんなでフォローし合う体制があるから、経験がなくても誰かのために挑戦できる。
 夢は、「愚痴外来」を作ること。「そこで見えたニーズに対して、資格や経験をいかしてできることをやる。できないことは誰かに任せる」。地域とともに歩んできて目指すのは、なんでも相談できる「地域のおばちゃん」だ。
(フリーライター・小坂綾子)