ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

死ぬくらいなら怒れ

2025.03.17

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

もみじヶ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎

 「あの人に私は嫌われているに違いない」と皆さんが思っていらっしゃる方は身近におそらくおられると思います。その相手と皆さんは仲があまり良くないわけですね。では、お尋ねしましょう。皆さんは、その相手を嫌っていませんか。

 「Aさんに私は嫌われている」と感じる場合に、往々に見られるのは「私がAさんを嫌っている」がまず先にあって、そのベクトルがいつのまにか反転してしまうという現象です。実際には、「Aさんが私を嫌っていることなど全くないかもしれない」のにです。

 人間に対する感情は容易に向きを変えます。「私はBさんを好きである」という感情も気づかぬうちに逆むきになってしまうことがあるのです。確たる根拠なしに、いつのまにか「Bさんが私を好きである」にひっくりかえると、私はBさんに際限なく近づこうとするかも知れません。ストーカーの多くには、このような感情の反転が関与しているものと思われます。


 人間の人間に対する感情の反転は、健康な人にもしばしば生じることを、精神医学はとうの昔に発見しています。皆さんも例外ではありません。そこは素直に認めてください。



 「相手と自分のどちらに非があるか」を、本コラムではマイナス感情と呼んでおきます。人間同士でもめる場合には、一方的に片方が悪いというケースも無論あるでしょうが、多くの場合は「どっちもどっち」です。このマイナス感情をどう振り分けるかが生きてゆくうえで重要になります。

 「すべて相手が悪い」になると、非難の気持ちが抑えられなくなって関係性が壊れるし、逆に「すべて自分が悪い」では、うつになって健康を損ねます。うつでは「マイナス感情の全面的な引き受け」が起きてしまいがちなのです。

 「あなたの側にも非が少しはあるのではないか」という気づきが、自死を思いとどまる決め手になることがあります。「死ぬくらいなら怒れ」を決して忘れないようにしましょう。

しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。 1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。