ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

「知足」のこころ

2025.05.13

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

僧侶・歌手 柱本 めぐみ

 あるお寺の掲示板に「本当の豊かさとは、足るを知ること」と書かれているのが目にとまりました。法座でもよく使われる「知足」ということばは、さまざまな欲をもつことによって苛(さいな)まれながら暮らしている私たちにとって大切なことだと思っています。僧侶としてそのようなお話をすることもある私ですが、その日は妙にそのことばが気になって足が止まりました。

 お医者さまには殆(ほとん)ど縁のない生活をしてきた私が入院、そして手術をしたのは1年余り前。どちらかというと楽観的な性格なのか、あまり落ち込むこともなく過ごすことができましたが、生まれて初めて「自分」の「老・病・死」というものを深く考えました。ベッドの上で、今日という日があることのありがたさに感謝し、食事ができることの喜びをしみじみと感じ、退院後は穏やかな気持ちで日を送る経験もできました。

  しかし、喉元すぎればなんとやらで、いつの間にかその穏やかさが薄れていたのでしょう。過日、孫がおやつを食べながら「生きているってうれしいことなんやね。おやつやごはんも食べられるし、お友達とも遊べるし、それをみんなが見てくれているんやから」と言ったのです。特別なおやつでもありませんでしたし、なぜそのようなことを口にしたのかわかりませんが、漠然とした疲れを時折感じることがあった私は、自分が何かを忘れているような気がしたのでした。

それがまさに「足るを知る」だったのです。

 個人も社会も、生活の豊かさへの欲がどんどんエスカレートしているように思われる昨今。その陰になおざりにされてしまっていること、失われつつあることがあるのではないかと危惧したりしている一方で、私は自分自身の姿を見ることは忘れていたのでした。

 「今日もご縁をいただいて生きている」。そんなことを思いながら私は暫(しば)し留(とど)まって味のある字で書かれた知足の一文を眺め、少し軽くなった気持ちで帰路についたのでした。

はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。