ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

私だったらできるのに

真宗大谷派僧侶  川村 妙慶



母親代わりとなって相談できる早智子さんに私のつらい胸の内を聞いていただきました。

早智子さんはアドバイスをくださった後、間をおいて「私ね、死のうと思ったことがあったんよ。つらくて家を飛び出し、あてもなく歩いていたら、タクシーがとまって『あなた、まさか死のうと思ってないかね? タクシー代いらないからお乗りなさい』と声をかけられたの。私は車の中でただ泣くことしかできなかったんよ。乗務員さんは『わしは頭が悪いから気の利いた言葉はいえん。しかしこれだけは伝えさせて! 死んだらいかん。つらいけど生きてほしい』と何度も私の顔をみておっしゃったんよ。私は我にかえり『はい』とうなずき、家まで送ってもらったんよ。あの時のお礼が言えないまま何十年もたってしまった。それだけを後悔している」とおっしゃったのです。

いつも明るく励ましてくれる早智子さんにも他人には言えない苦しみを抱えて生きておられる。私もそうです。どれだけ仏様の教えをいただいても、いざ自分が悩むとなると教えが通用しないこともあるのです。よく「他人には偉そうなことばかり教えているのに、家族のこととなるとダメじゃないの」とおっしゃる方もいますが、その人のアドバイスが間違っているわけでもないのです。

他人に助言する知識が身内の説得に通用するかというと、通用しないこともあるのです。他人が悩んでいる時には助言することができます。しかし自分がそういう問題にぶつかったら知識はいざという時には役に立たなくなるのです。

小慈小悲(しょうじしょうひ)もなき身にて/有情利益(うじょうりえき)はおもうまじ。(親鸞聖人)

「私だったらあの人を説得できるわ」と意気込んでも、大慈悲の心で相手を変えることはできないのです。どんな人も迷いの中で生きているのです。それがわかれば、私も凡夫の身としてそのまま向き合い、あとは大慈悲の阿弥陀さまにお任せすることしかできないのですね。



かわむら みょうけい氏
アナウンサー。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。