ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

解決策は現場で探る

もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎



ウクライナ戦争が終結しないうちにガザ地区でも軍事衝突が生じ、暗澹(あんたん)たる気持ちになります。一部の識者が指摘するとおり第3次世界大戦はすでに始まっているのでしょうか。人間が個人としても集団としても過去の教訓を生かせない生き物だとしたら、これほど情けない話はありません。

「直ちに停戦に持ち込むべきである」との世論が正しいことは言うまでもありません。ただ、紛争地と離れた安全な外野からこの主張をお題目のように唱え続けたところで、停戦に対する実効性が期待できないのもまた事実でしょう。

なにごとにおいても、総論を各論に落とし込む段階でつまずくことが多いのです。抽象的理念を具体的実践に翻訳するには、複数の変数が入り乱れる厄介な連立方程式を解かねばなりません。停戦の契機が見つかるとすれば、それはおそらく戦争の現場ではないかと予想されます。当事者同士が最適な妥協点を探るよう強く望むばかりです。

世間には心の病に関する啓蒙(けいもう)書があふれています。玉石混交とはいえネット情報よりは格段に精度が高いので、書籍を購読されること自体は良いのですが、一つ留意しておくべきは、本に書かれてあるのは総論であって各論ではないということです。

うつ病を例にとりましょう。休息がなにより重要である、服薬が回復の手助けになる等はどの本にも書かれてあります。総論としてこの治療原則は正しいのです。問題は、休息をどの時期にどのくらいの期間取るべきなのか、薬は効くのか効かないのか、効くとしたらどの薬なのかという各論です。百人百様とも言われる治療の成否を決するのは各論であり、それは現場でしか判断できません。

書籍の知識で自己診断や治療を試みる危険性はまさにこの点にあります。不調を自覚されたら専門家にご相談ください。総論から各論を導くときに外見が一変する場合さえあります。臨床のそういう機微を周知いただければ幸甚です。


しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。