2020.08.18
2020.08.18
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎
小学生の頃に毎週土曜午後のテレビで楽しんでいた吉本新喜劇を、成人してから一度だけ生の舞台で観たことがあります。そのときの面白さは桁違いで抱腹絶倒したのを覚えています。おそらく役者と観客が真に交歓するには空間の共有が不可欠なのであり、テレビの2次元映像では感動が縮減してしまうのでしょう。
精神科診療でも医師と患者さんの空間共有は欠かせません。精神科医は五感あるいはそれ以上の感覚を駆使して患者さんに向き合います。事前にご家族から詳細な情報を得てそれなりに診立てをしていたつもりでも、実際に患者さんが診察室に入った瞬間に、その診立てが誤診であることに気づく場合があります。病の種類によっては、患者さんが目の前に座っただけでまだ何も語っていない段階で大体の診立てができたり、長く担当している患者さんなら診察室の扉を開ける音で調子のよしあしがわかることも少なくありません。患者さんと共有する空間の磁場変化を全感覚を研ぎ澄ませた精神科医がとらえるといった感じでしょうか。
心は身体のように目には見えないから身体医学とは異なる診療技法が精神科には求められます。皆さんも誰かと関係を築きたいときはその人と同じ空間に身をおき、全体的雰囲気な何かをやりとりしつつ互いを理解しようと努めるはずで、その感度を極限まで高めているのが精神科医です。
コロナ禍で注目を集めているリモート診療は少なくとも精神科では導入困難でしょう。リモート診療やリモート飲み会が選択肢として増えることに異を唱えるつもりはないですが、これらが空間を共有する従来の診療や飲み会より優れていたり楽しいわけがありません。「新しい生活様式」という言葉には従来型が古くさく時代遅れであるというニュアンスが暗に含まれている気がします。3密回避などは「応急の生活様式」と呼ぶべきで、空間の共有こそが生き生きとした人間関係をはぐくむ土台であることは万古不易だと思います。
しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。