2020.09.15
2020.09.15
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
弁護士 尾藤 廣喜
今年75年を迎えた広島・長崎の「原爆の日」は、コロナ禍のため式典への参加が制限され、テレビを見ての参加となった。そのかわり、京都「被爆2世・3世の会」編の「語り継ぐヒロシマ・ナガサキの心」上巻(かもがわ出版)をゆっくりと読ませていただいた。
被爆者の平均年齢が82歳を超えたと言われる今、被爆体験の継承が大きな課題となっているが、京都「被爆2世・3世の会」では、8年以上にわたって被爆者の皆さんから、原爆被害の実相とその後の苦しみ、そして今を聞き取るという活動を続けてきた。この本は、そのうち50人の被爆者からの聞き語りを集めたものである。被爆2世・3世の聞き取りということで、核廃絶と平和への希求という被爆者の思いがより強く伝わってくる。
この中には、原爆症認定訴訟をともに闘った多くの原告の皆さんの語りも収載されており、感慨深い。
とりわけ、救護中に残留放射線を浴びた3号被爆者として、初めて原爆症認定訴訟に立ち上がった京都市の森美子さんが、「看護婦として召集された大村海軍病院(長崎県)で被爆者救護に従事して被爆」した地獄のような救護現場を語っているのを読むと、涙が止まらない。森さんは、救護被爆者の原爆症が全く認定されていないところから、代表としてただ1人敢然と原告になられた。
裁判では、放射線と肝機能障害の因果関係は認められたものの、症状の程度が軽く、治療の必要な状態ではないということで、第1陣から第4陣の原告の中で、ただ1人敗訴した原告だった。それでも、「救護被爆者の認定の道は開けた。敗者復活戦があれば、また闘いたい」と発言され、敗訴に気落ちした私たち弁護士を励ましてくれた。その森さんも、今年の春に95歳で亡くなられた。心からお悔やみを申し上げます。
このような被爆者の切実な語りが掲載されている本書をぜひともお読みいただきたい。
びとう・ひろき氏
1970年京都大法学部卒。70年厚生省(当時)入省。75年京都弁護士会に弁護士登録し、生活保護訴訟をはじめ「貧困」問題について全国的な活動を行っている。