ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

薬に魂がこもるとき

2021.01.25

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎

心に脳という臓器が大きく関与しているのは誰の目にも明らかです。その意味で、心の病は身体の病という側面も持っていることになりますから、内科で高血圧や糖尿病に対して必要な薬が処方されるのと同様、精神科でも病状に応じて投薬が検討されます。心に働きかける精神療法と脳に作用する薬物療法が精神科治療の2本柱であり、病状に応じてこの両者をどのように組み合わせるかで精神科医は頭をひねるのです。精神科診療において薬に対する絶対的期待や絶対的拒絶はどちらも間違いです。薬のみで心の問題がすべて解決するわけでもないし、脳の失調を適切な投薬で速やかに回復させねばならない局面もあります。何ごとに関しても極端な主義主張が眉唾なのは世の常です。現実に即した実効性ある対処が単純な2択で割り切れるはずがありません。

どんな病気の薬物療法にもプラセボ効果が知られています。プラセボとは本物の薬そっくりの偽薬のことで、偽薬を患者さんが本物の薬と信じて服用すると効果がそれなりに現れるのです。プラセボは決してあなどれず、過去の研究で抗うつ薬と偽薬の効果に大差がないという結果が出て複数の大手製薬会社が青ざめたことがありました。これでもって、抗うつ薬を無意味と見なすのはいきすぎですが、抗うつ薬が効く場合にプラセボ効果(「この薬を飲むと必ず治る」という患者さんの安心感)の割合が相当あるのは確かでしょう。

薬局の棚に積まれている薬と皆さんが薬剤師から受け取る薬は別物です。考えに考え抜いて患者さんに合うであろう薬を主治医が処方箋に書いた瞬間、薬に魂がこもります。魂のこもった薬は主治医のいわば分身として24時間患者さんに寄り添い、患者さんの体内に取り込まれたら「早く治れ」との念を心身全体に届けます。薬の効果をも左右する医師への信頼は治療の大前提であり、重要なのはこの信頼がマニュアルや法律では決して担保されないことだと私は思います。

しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。