2021.05.10
2021.05.10
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
弁護士 尾藤 廣喜
政府は、4月13日、福島第1原発事故「処理水」の海洋放出を2年後に行うことを決めた。
今回、政府は、放出を決定した理由の第1として、汚染水の「処理」による「処理水」には、トリチウム以外の放射性物質がほとんど含まれていない、トリチウムを含んだ排水の海洋投棄は海外でも行われているので、危険性は低いことを挙げる。しかし、事故後大量の核種が含まれている福島第1原発の汚染水と海外での通常運行による原発の排水とは全く性質が違う。現に、2018年には、「処理水」の中に、トリチウム以外にセシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素129などが含まれていたことも明らかになっている。しかも、福島では、この放射性物質の総量がいくらあるのか、それ自体が不明なのである。
そして、政府は、第2の理由として、この「処理水」をさらに基準の40倍に薄めて放出するので安全性に問題がないことを挙げる。しかし、希釈したところで、放出される放射性物質の総量が変わるものではない。また、放出後の堆積や生物の体内での濃縮が全くないとの根拠もない。
水俣病では、工場排水処理のためサイクレーターを設置し、処理したので排水は安全だと喧伝(けんでん)されたが、この設備は原因物質である有機水銀の除去に全く効果がなかったことが思い出される。また、加害企業チッソが、排水を希釈すれば問題ないだろうと考え、工場の排水口を水量の多い水俣川にひそかに付け替えたところ、これによって、汚染が一気に不知火海一円に広がったという深刻な経験がある。さらに希釈は、魚介類内部での「生物濃縮」によって、なんら効果がなかったことも明らかになっている。
一度、自然界に有害物質がばらまかれれば、失われた「豊かな海」は、二度と元には戻らない。被害防止のためには、有害物質を閉じ込め、外部に出さないということが最善の対策であるという水俣病の教訓を私たちは決して忘れてはならない。
びとう・ひろき氏
1970年京都大法学部卒。70年厚生省(当時)入省。75年京都弁護士会に弁護士登録し、生活保護訴訟をはじめ「貧困」問題について全国的な活動を行っている。