2021.09.14
2021.09.14
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
真宗大谷派僧侶 川村 妙慶
「何度同じことを言わせるの」と、高齢の親、または子に叱っても、「言うことを聞いてもらえない」という悩みを抱える人は多いでしょう。残念ながら、言うことを聞かない人は「変わる気がない」のです。なぜなら「変わらなければならない理由がない」からです。つまり今の状態に危機感が持てないからでしょう。
また人間は、誰が注意をするかを見極めています。尊敬できない人から注意されると自我の心で反発します。尊敬できる人に言われると「私の気持ちを理解してくれる」という安心感で、心が柔軟になり、素直にもなれるのでしょう。
介護の問題はさらに意識を変えないといけません。認知症になると、これまでできていたことができなくなったり、家族や周囲の人から聞かれたことに答えられなかったりするため、本人は不安を感じてしまいます。このため自分を守るために防衛反応が出て悲鳴をあげることしかできない。人間は自分を守らなければ生きていけないのです。
「親子関係」は対等ではありません。対等という意識で見ると、相手の間違いを正義感から注意をすることもあるでしょう。
しかし、親は親になるまでに流してきた涙があり、子どもは親にはわからない悩みを抱えて生きているのです。大切なのは人と人が「畏敬の念」を抱いていけるのかでしょう。われわれは、自然界に生かされた有限な存在なのです。畏れ多くの気持ちで、一人一人の存在を敬っていけるのかが問われるようです。
ある坊守(住職の配偶者)さんは、自分の言うことを聞かない長男にいら立ちます。そんな長男が、重度の障害を抱えた妹に「きれいだね、僕たちの宝だね」といとおしく頬ずりをする姿を見て、自分の思いで人を変えようとしていたことを恥じ、ただ南無阿弥陀仏のお念仏を申すことしかできなかったと言います。
人は変えられません。間違いにそっと気が付いていただくきっかけづくりができたらいいですね。
かわむら みょうけい氏
アナウンサー。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。