2021.10.12
2021.10.12
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
僧侶・歌手 柱本 めぐみ
気がつくと外はもう暗く、窓から冷たい風が入ってきました。そしてその風に乗って聞こえてきた虫の合唱。コロナの影響でいろいろな節目の催しがなかったからか、いつの間にか秋になったように感じます。緊急事態宣言は解除されたものの、秋祭りなどの中止や規模縮小のことを聞き、ふと「あの収穫祭も中止されるのだろうか」と、ある日のことを思い出しました。
それは、ある少年院で歌わせていただいた日のことです。コンサートを聴き、その後に生徒さんが育てた野菜を皆でいただくという行事で、舞台には「収穫祭」という文字が掲げてありました。日本の秋の歌と数曲のクラシックを歌いましたが、生徒さんの反応がよく分からず、歌がどのように聞こえたのかが気がかりでした。でも、その後の食事のときにおいしそうに栗ごはんを張る生徒さんの顔を見て、何か安堵(あんど)した気持ちで帰りました。
数日後、原稿用紙が届きました。生徒さんのコンサートの感想文でした。整った字で「コンサートは楽しかった」「どうして、あんな高い声が出るのか不思議でした」などとつづられていました。そして「『故郷(ふるさと)』という歌を初めて聞いて、とてもなつかしい気持ちがしました。ありがとうございました」と書かれた一文が目に留まりました。彼がなぜ「なつかしい」ということばを選んだのだろうと思いましたが、数回読み返すうちに、その時に彼が何かほっとしたもの、心地よいこころの居場所を感じ、ありがとうと書いてくれたのではないかと思ったのです。
私はこの一文を書いた彼の顔も名前も知りません。ひょっとすると、彼はこの歌も、コンサートのことも忘れているかもしれません。しかし、この素直なことばは私のこころに強く残り、そのとき以来、日々の暮らしがあることも、歌を歌えることも、仏さまに手を合わせられることも、あらゆる出会いのご縁の中に、私のこころの居場所をいただいているからだと思うようになりました。
はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。