ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

「良妻賢母」と「ジェンダー平等」

2021.11.22

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

立命館大教授 津止 正敏

アッという間に終わった総選挙。興味深い論点も幾つかあったのだが、真摯(しんし)な論戦が交わされなかったのが残念だった。その一つが「ジェンダー平等」。ジェンダーとは当たり前のように性別に割り振られ規範化した役割や行為のことだが、夫婦同姓の強制や稼ぎ手の男性と育児・介護の女性というようなことだ。明治期に生まれた「良妻賢母」の教えもそうだ。

家族の育児や介護の担い手が、古代より女性本来の役割だと思い込んでいる人は少なくない。私自身も多分にそうした類だったが、男性介護者のネットワークにこの考えをただされた。対象が男性で、ネットワーク発足の日が女性の地位向上をうたう国際女性デー(3月8日)だったことから、いやが応でもこの課題に向き合うこととなった。

そして、知った。江戸時代では男性に介護の全責任があったこと。責任だけでなく介護の実務をも担っていたこと。武士には介護休業の制度もあったこと。その後明治の「富国強兵」と「良妻賢母」を経て介護が女性専業として規範化したこと。子育ても同様だった。

「良妻賢母」思想は、いまでこそカビの生えた古くさい教えとして扱われているが、しかし、江戸から明治の移行期の目線で見れば全く違った景色が見えてくる。それまで、何ら責任能力のない「イエ」の付属物と扱われてきた女性の、妻と母という限られた枠組みではあったとしても、人権と地位向上のに向かう強力な跳躍台ともなったのだ。この教えは、女子の進学の大義名分ともなって、上級学校への進学率向上にも大いに貢献した。この思想とともに女子の近代化は始まったという声さえある(斎藤美奈子「モダンガール論」)。

いまを生きる私たちのも、次代への飛躍を先導する新たな教えが必要だ。先の選挙戦では未消化に終わった「ジェンダー平等」にその大役を担ってほしいと切望している。この跳躍台で、今度は女子だけでなく男子もまた空高くジャンプする姿を見せたいものだ。

つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる – 男性介護者100万人へのエール – 』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言 – 』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」 – 』、『子育てサークル共同のチカラ – 当事者性と地域福祉の視点から – 』など。