ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

心の手当ては家康のように

2022.04.18

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

もみじケ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎

戦国時代の覇者3人の性格をよく表す句として「鳴かぬなら、〇〇〇、ホトトギス」が有名ですね。〇〇〇の部分は、信長「殺してしまえ」、秀吉「鳴かせてみよう」、家康「鳴くまで待とう」です。

この3人が現代にタイムスリップして医師を志すとしたら「治らねば、〇〇〇、患者さん」という句をどう詠むでしょうか。〇〇〇の内容が信長はおそらく論外で厚生労働省は彼に医師免許を絶対に与えません。秀吉は「治してみせよう」で家康は「治るまで待とう」と詠み、かなり個性の違う医師になると思われます。

治療には秀吉的姿勢と家康的姿勢の両方が大切で、診療科によってその組み合わせの比率が違ってきます。救命救急医の場合は家康割合が皆無に近く、ほぼすべて秀吉になるはずです。呼吸が止まって一刻を争う患者さんに「息せねば、するまで待とう」というわけにはいかないので、ここは全面秀吉で「治してみせよう」と懸命に頑張ってもらわなければなりません。

家康割合が最も小さいのが救命救急医だとしたら、その対極つまり最も家康割合の大きいのが精神科医ということになるでしょう。

精神科医は口癖のように「しばらく様子をみましょう」と患者さんに言うところがあります。これを医師の怠慢やあきらめと誤解しないでください。時間は心の手当てにとって非常に重要な要素で、力ずくで短期決戦的な治療をすると病状がこじれ経過がかえって長引いたり再発しがちです。ここぞという局面では秀吉的関わりが求められるも、基調は「待ちの家康」で臨むのが精神科治療のコツです。

忙しい現代では患者さんのみならずご家族も職場も「できるだけ早く治してほしい」と希望されます。皆さんのお気持ちはよく理解できます。しかし「きちんと治して病状をぶり返させない」ことこそ真の目標ではないでしょうか。秀吉も傑物でしたが、最後に笑い天下太平を存続させたのは家康でした。焦らずに待って治すも精神科(家康)。

しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。