2022.08.15
2022.08.15
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
ACT―K主宰・精神科医 高木 俊介
八月八日は、妖怪の日。日本の民俗学の開祖、柳田國男の命日にちなんでいる。妖怪、幽霊、怨霊、もののけたちの活躍する怪談話は、夏の夜の娯楽である。
妖怪ともののけは零落した神々、幽霊はこの世に未練を残す死者、怨霊は恨みあまりて死にきれぬ。妖怪は世間の隅々に住み遊び、幽霊は居場所なく佇(たたず)み、怨霊は怨(うら)み相手のもとを襲う。人々はろうそくの火を前に、それぞれの思いを抱いて、おののき、期待し、笑い、涙しながら語り合う。
くしくも八日をはさむ六と九の日、人類初の核爆弾がこの国に落とされた。どのような怪異譚にもない地獄が、この世に繰り広げられた。原民喜という詩人は、爆風に焼かれてさまよい死んだ者たちの声を、この世に伝えるだけのために生きて、自死した。
そして、敗戦。国体護持という支配者の自己保身の一念のために先延ばしにされた降伏は、多くの死をもたらした。灼熱(しゃくねつ)の南島をさまよい、今も遺骨が郷里に帰れぬままの兵士たち。国にだまされたまま散華し、誰を恨むもわからぬまま、英霊という名で祭られた無辜(むこ)の怨霊たち。
この国の山河に遊んだ妖怪たちも、戦争で多くが消えた。火の川に流されたカッパの子ら。古屋敷とともに燃えた座敷わらし。彼らは、その後の復興した日本には、もう現れない。人間との共生に、懲りたのだ。
だが、国破れたにもかかわらず、戦争の遺産である麻薬と武器、飢えた民衆への娯楽の独占、そして勝者への追随とこびへつらいによって巨大な富と権力を築いた人々がいる。
彼らのある者は「昭和の妖怪」と呼ばれ、今もその一族をなす。妖怪とはいっても、彼らのまわりには百年にわたる怨念、無念の霊が満ちている。無邪気な妖怪たちのいたずらと違って、この怪談は楽しめない。
妖怪の日を過ぎ、盆供養。祀(まつ)る人の途絶えゆくこの国の、祖霊たちとの寂しい会食。かつてこの場を賑(にぎ)やかした、愛すべき夏の妖怪たちは、もういない。
たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ。