2023.12.18
2023.12.18
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
立命館大教授 津止正敏
「ビジネスケアラー」というワードがメディアをにぎわしている。いわゆる和製英語だが、仕事を主としながら、家族等の介護を担っている人たちのことだ。発信元の経産省が、先月にその支援に向けた検討会を立ち上げた。彼らに起因する経済損失が9兆円を超えるという調査結果も世間の関心を集めることになった。
NHK番組クローズアップ現代が「ビジネスケアラー 仕事と介護に挟まれて」(11月13日)として取り上げた。番組は、仕事と介護を両立するためにどうしたらよいのか、と問いを立てながら次のように続ける。保険外の全額自己負担で介護サービスを利用する「ビジネスケアラー」が増えており、あるヘルパー派遣会社ではこの1年で利用者は3倍に急増している、というのだ。貿易関係の会社で働く女性の紹介もあった。近所に住む認知症の母親を見守るために介護保険だけでは足りず、週3日保険外サービスも利用しながらやりくりしているがその費用が毎月13万円だという。
両立支援が保険外サービスの推奨か? 認知症の母親支援は介護保険の守備範囲ではないのか。家族に依存する同制度の欠陥、母親支援の貧しさの結果ではないのか。その脆弱(ぜいじゃく)性をただただ肯定し改善や課題に口を閉ざす同番組識者。介護保険は無力だと世論誘導しているようなものだ。
政府内での介護保険改定作業が山場を迎えている。利用料負担の倍増、保険料引き上げ等について本年末までに結論を得るという。ケアプランの有料化や軽度者の保険外し等々「史上最悪」と評されるシナリオも控える。制度改定の代替策が保険外サービスの推奨=市場化だとすれば、「介護の社会化」を言った政府による「詐欺行為」に等しいのではないか。
経産省は巨大な介護市場の創出をもって「ケアラー支援」というのだろうか。ケアラーは市場化されたサービスを購入して備えよ、というのであれば、介護保険制度の空洞化に道を開くだけである。その先にあるのはもう地獄の沙汰である。
つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる – 男性介護者100万人へのエール – 』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言 – 』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」 – 』、『子育てサークル共同のチカラ – 当事者性と地域福祉の視点から – 』など。