2024.02.26
2024.02.26
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
立命館大教授 津止正敏
宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が米国の著名な映画賞を複数受賞し話題になっている。アカデミー賞にもノミネートされているからすごい。
実はこの映画、昨年夏の公開時にいち早く足を運んでいた。タイトルはあの吉野源三郎の名作だ。小学生の孫がそのマンガ本を熱心に読んでいたこともあって、一緒に見にいった。
映画は、随分昔に斜め読みしていた吉野本とは違った世界だった。戸惑いながらの鑑賞だったが、隣席の孫はポップコーンを頬張りながらジブリの大画面に興味津々の様子。誘った手前少し安堵(あんど)した。
2、3日しても映画のモヤモヤ感は収まらず、書棚から吉野の文庫本を取り出してパラパラめくった。記憶には印象程度のものしかなかったが、孫をコペル君に重ねながらのページめくりは、新鮮だった。
特に「人間分子の関係、網目の法則」。ミルク缶が自分に届くまでのことを考えたコペル君の大発見だ。粉ミルクがオーストラリアから日本に来るまでは、牛の世話をする人、工場に運ぶ人、缶に詰める人、汽車や汽船で運ぶ人。日本に来てからも、汽船から荷を下ろす人、倉庫に運ぶ人、売りさばく人、うちの台所に持ってくる人、その他いろんな人々。粉ミルクが僕のところまで来るのには、数え切れないほどの人たちの働きが連なっている。人間分子は、見知らぬ大勢の人と知らないうちに網のようにつながっているのだ。
コペル君の叔父さんは、君が発見したことを経済学や社会学では「生産関係」と言うよ、と説いた。
政治学者の丸山真男は吉野本を「資本論入門」と評した。分業と協業が織り成す巨大化する市場を近代の象徴とすればコペル君の発見は確かにこの社会の本質を射抜いている。そういえば、担当した教養科目で「朝がくると」(まどみちお)や「1本の鉛筆の向こうに」(谷川俊太郎)を教材に私が説いてきたことも「人間分子の関係」だった。孫との勉強も少し楽しい。
つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる – 男性介護者100万人へのエール – 』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言 – 』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」 – 』、『子育てサークル共同のチカラ – 当事者性と地域福祉の視点から – 』など。