ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

発症初期から伴走者を

2024.03.04

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公益社団法人「認知症の人と家族の会」/京都府支部代表  河合 雅美 さん

「認知症は初期のうちに、当事者さんの本音を聞きだすことが大事」と話す河合雅美代表(京都市上京区、認知症の人と家族の会京都府支部)

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

認知症と診断され、困難を抱えながらも自分らしく生きてくれた母の最期をみとって4年がたちました。試行錯誤の連続だった10年間の介護が、「認知症の人と家族の会」につながり、2020年からは会の京都府支部代表を引き受けています。

私宅の近所で1人暮らしをしていた母は63歳で、アルツハイマー型認知症と診断されました。小学校教員を定年退職して、別の学校で副担任を務めているころ。診断を受け辞職後は在宅7年、グループホーム2年半、特別養護老人ホーム6カ月と、生活の場を替え最後は食べられなくなって2020年に亡くなりました。

認知症初期は、在宅でデイサービスや認知症カフェに通い、楽しく歌ったりピアノも弾きました。半面、怒りっぽくなり「物(もの)盗(と)られ妄想」なども出て、私と衝突することもよくあったのです。

母の介護を振り返ると、認知症初期のうちに中、後期に備える重要性を痛感します。症状が進行すると当事者の行き場も、ケアする周りの人々も全て替わります。家族が初めての事態に困惑した時、当事者さんを初期から知る伴走者がいれば、相談できるうえ次の予測も立てやすくなるはずです。

最後に食べられなくなった母の場合、病院から「延命措置か、みとるか」を早急に決めるよう迫られました。伴走者があれば、あれほど苦しまずに判断できたと思うのです。「家族の会」でも初期から伴走者を求める声は大きく、活動の重点に定めています。

時に反発し合った母の、心の声を初めて知ったのは、ある団体の依頼で母が、聴衆の前で当事者体験を発表した12年でした。事前に原稿を作ろうと、母の訴えたいことを聞き取りました。「やりたいことがたくさんある」「もう一度、子どもたちに関わる仕事がしたい」。認知症の母が、前向きにはっきりと意思を示したことに衝撃を受けました。「真実の母を、私は分かっていなかった」。反省とともに、私たち家族(夫と娘2人)の認知症に対する認識を変えるきっかけともなったのです。

当事者さんが初期のうちに家族と本音で語り合う機会をつくれるかどうか。それがその人らしく尊厳を保ちながら最後まで安心して暮らせる鍵だと感じます。私が運営に関わる認知症カフェ(北区)でも、本音を語る機会の提供には特に力を入れています。

家族の誰かが認知症になれば、支援を提供するどこかにつながることが大事。私たち「家族の会」なら電話相談、認知症の講座、カフェ…と広く対応が可能です。

理科系人間で、何にでも挑戦したい性格の私がいま企画中なのは、初期の当事者さんが作る「絵本の自分史」です。本音を書き出し、製本してみんなで声を出して読んでもらう。どういう人なのかを周りが認識して、最適の伴走者を作る手がかりともなるでしょう。多くの方に参加していただけるよう準備を急いでいます。

かわい・まさみ
1972年、京都市生まれ。薬剤師。「認知症の人と家族の会京都府支部」代表。講演、講座などを通じ認知症の啓発にも取り組む。認知症カフェを運営するNPO法人オレンジコモンズ副代表。京都府の新・京都式オレンジプラン委員も務める。京都市南区。