2022.08.09
2022.08.09
松本 知美(まつもと ともみ) さん
ゆっくりと差し出されたお年寄りの手を取り、福祉ネイリストの松本知美さん(38)が、指先にネイルカラーをのせていく。じっと指をながめるお年寄りから、「きれいやなあ」と笑顔がこぼれる。京都市下京老人デイサービスセンター(下京区)での、レクリエーションの風景だ。
色の好みをたずね、家族の話や若い頃のおしゃれの話に耳を傾けつつ、丁寧に指先を彩る松本さん。「恥ずかしがりの方や、ふさぎ込みがちだった方も、ネイルが仕上がると表情が変わる。きれいになった手を、ずっと見ておられるんです」
高齢者施設などを無償で訪問し、ネイルケアをするボランティアチーム「ガンチー」の代表を務める。2020年春、中学時代からの友人と2人でチームを発足させ、企業や団体から支援を受けて無償で爪磨きやネイルカラーアートなどの施術を提供している。メンバーも少しずつ増え、福祉ネイリスト5人、施術者以外のメンバー約20人が参加している。コロナ禍にあっても年間約300人に施術し、ニーズは高まる一方だ。非常勤職員としての勤務経験がある京都府警とも連携し、交通安全のネイルシールを活用した啓発活動にも取り組んでいる。
現在は、平日の3日間を大学職員として勤務し、二足のわらじを履く松本さん。ガンチーの発足は「だれかの役に立ちたい」との思いからだった。「子育てや家族の介護をする機会もなく、自由がきく生活。その中で、自分にできることがないか考えていました。これまで多くの人に支えられて生きてきたので、社会に恩返しをしたくて」。そんな松本さんが考える福祉ネイルの魅力は「本人だけを笑顔にするサービスではない」ということ。「認知症の人の介護で精神的に疲れている人も、ご本人が機嫌良く過ごし笑顔が増えると負担が減る。みんなが笑顔になれる」。そう実感する。
有償での提供も多い高齢者へのネイルサービスだが、ガンチーは無償にこだわる。「お金のある人だけが笑顔になれる」という格差を無くすためだ。「笑顔の機会に区別をつけたくない。活動のキーワードは、年をとることが楽しみになる社会づくりなんですよ。認知症や介護は、他人事ではなく自分事。どんな人も、自分が年をとって楽しめる社会が待っていると思えた方がいいですよね」
何がないかより、常に「何があるか」を大事にするガンチー。メンバーそれぞれが仕事の経験や趣味、特技を生かし、柔軟で枠にとらわれない。試行錯誤しながらの活動に、材料の提供やホームページの運営など、協力を申し出る人や企業は途切れない。「京都の人に応援され、京都で還元できる」ことにも喜びを感じている。
現在は、ドイツ発祥の子ども向けボール遊びプログラム「バルシューレ」を、高齢者向けにアレンジして企画中。活動の自由度が高いガンチーだが「いただいた支援をきちんと還元し、信頼度を高める」ことを忘れない。「年間を通して安定的に活動でき、希望される施設にできるだけ訪問できるチームになりたい」。たくさんの人を笑顔にすることが目標だ。
(フリーライター・小坂綾子)