ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

「おもてなし」のこころ

2024.09.23

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

僧侶・歌手 柱本 めぐみ

 一度行ってみたいと思っていた黒部峡谷のトロッコ列車に乗りました。能登半島地震の影響でルートの途中で折り返すという行程でしたが、平均時速16㌔という速度は急がない旅をしたいと思っていた私にうってつけで、窓のない客車で風を感じながら自然の風景を十分に楽しむことができました。列車が出発するときのこと。駅の職員さんが並んで「行ってらっしゃい」と手を振られ、遊園地でもないのにと気恥ずかしい気もしたのですが、皆さんの笑顔に思わず私も小さく手を振りました。

 折り返し地点では、たくさんの方が補修工事をしておられました。山中での作業は決して楽なものではないはずで、こうした方々のおかげで旅を楽しむことができるのだとありがたく思いながら現場を見ていました。列車が動き出すと、今度は作業をしていた方々が手を振って見送ってくださったので私は躊躇(ちゅうちょ)なく手を振り返しました。揺れる列車の中であたたかな心地よいものを感じたとき、ふと「おもてなし」ということばが浮かんできました。
 「おもてなし」は日本の大切な精神的文化のひとつだと思いますが、いかに礼儀正しく丁寧に接してくださっても、細やかなサービスがたくさんあっても、そのこころを感じられないことがよくあります。その点で、そのときは「おもてなし」は形に表そうとするものではなく、こころが形になるものだということを実感したように思えたのです。

 手を振るのは単なる会社の方針なのかもしれませんが、「おもてなし」を主張するための行為ではなく、また、皆さんが大好きな列車でお客様に楽しんでもらいたいという共通の思いを持っておられる印象を受けたことも、心地よさの要因だったように思います。
 「おもてなし」といえば気構えてしまいますが、そのこころのあり方は、日常生活の中で人が気持ちよく関わり合っていくためにも心得ておくことではないかと思う旅となりました。

はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。